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武蔵野→武蔵嵐山(むさしらんざん)

 投稿者:うさぎメール  投稿日:2005年 4月12日(火)12時34分22秒
  通報 編集済
  長女のちびうさが、高校の図書館から『痛快! 寂聴源氏塾』という、瀬戸内寂聴さんの源氏物語
解説書(マンガ『あさきゆめみし』と連動していて、平易でビジュアル)を借りてきたので、
昨晩読んでいました。
#彼女、先月の京都修学旅行源氏物語コースで平安装束お姫様コスプレ体験して以来、
ますます源氏物語の世界にはまってしまったのです(^^ゞ  

その中の幽玄な冬の嵐山の写真から、私は京都嵐山渓谷→武蔵嵐山(らんざん)渓谷を連想。
武蔵嵐山は、国道254号(川越街道)ドライブの好きな私の通過地点。
クルマを降りて嵐山渓谷を歩いてみたいと思いつつ、秩父を目指す途中の為横目で素通り(ーー;)

こんなページを見つけました!  やはり、一度は歩いてみる価値の有りそうな所みたいですね♪
     ↓
http://www.geocities.jp/nanapiko9/ranzan.html
菅谷館址(お勧め度★★☆)

【交通】 県立歴史資料館のある敷地が城館址にあたる
【入場料】 無料
【施設】 中世城館・菅谷館の全域を整備し公園化。ホタルの里を併設
【見学時間】60分
【コメント】 南側を都幾川が流れる台地に位置する中世城館。
伝承では鎌倉時代の初期に武蔵国畠山(埼玉県大里郡川本町)からこの地に本拠を移した畠山重忠の築城とされています(鎌倉幕府の公式記録「吾妻鏡」にも文治三年(1187)に重忠がこの地にいたことが明記されている)。
畠山氏は坂東八平氏の一つ秩父氏一族で、特に重忠は一の谷の合戦の折に鵯越越えで愛馬を担ぎ上げて崖下に下りるという武勇の一方、鶴岡八幡宮で行われた静御前の舞の際には鼓を叩いたという記録があり、文武両道の鎌倉時代を代表する武将として知られます。
しかし、北条氏の策略により元久2年(1205)に二俣川で討ち死にし、一族は滅亡しました。
ただし、現在に残る雄大な土塁や空堀などの遺構は、戦国時代に扇谷上杉氏の重臣・太田資康(道灌の子)により拡張されたものと考えられており、発掘調査の出土品からもそれは裏付けられています。

城館の全域が国史跡として保護されており、かつ全体の整備が行き届いているので、見応えがあります。
この城の特長は非常に規模が大きいという点と虎口部(城の入口)の防御の巧妙さにあると言えます。
歴史資料館で縄張図(見取り図)の掲載されたパンフレットがもらえますので、それを片手に中世の城館の構造を見学してみましょう。
また全域にわたり、自然公園化されており、ゆっくりと寛ぐにも適しています。

http://www.asahi-net.or.jp/~ju8t-hnm/index.htm   埋もれた古城(参考リンク)
 
 
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