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追記

 投稿者:ワタナベ  投稿日:2005年 3月28日(月)19時50分39秒
  富士吉田資料館のほうが図書がそろっています。河口湖付近のサービスエリアにも火山博物館があります。まだ行っていませんが。  
 

お元気ですか(^^)

 投稿者:H.Kunitsuguメール  投稿日:2005年 3月28日(月)10時18分44秒
  こだいファンさん おひさ~!

定例講演会なんですが、ちょうど来月は例大祭が15~16日で開催されます。
ですので、17日か次の週の23日か24日辺りになるかと思うのですが、取り敢えず今日にも
伊豆山神社へ行って日程を決めてこようと思っております。

この定例講演会の締め括りは茂在 寅男先生の講演会(黒潮文化圏)を大々的に開く為の
セレモニーの感じです。

それからイワクラサミット in 宮崎の講演会に於いて「熱海の海底遺跡」の発表する予定
で準備を進めています。
その前にイワクラ学会へ加入をしなければいけないのですが・・・。

で、この宮崎は日向の国、そして天孫降臨の岐志国邇岐志天津日高日番能邇邇藝命
(あめにきしくににきしあまつひこひこほのににぎのみこと)、つまり邇邇藝命(ににぎの
みこと)が降りし国とされ、日向の阿多(阿田)の国でも有りますので熱海(阿田美)の話は
相応しいのかも知れません。
 

お久しぶりです(汗)-2

 投稿者:こだいファン  投稿日:2005年 3月27日(日)22時25分12秒
  すっかりご無沙汰してしまいました m(_"_)m
こちら青色申告用のパソコントラブルなどなどナド、すっかりボーサツされておりました。
これからもグーのネ(汗)しか出ない状況が続きそーです (Θ.Θ;) gu-

國次さん、毎月の講演会を開催されるとは、素晴らしいです!
細沢の方も、楽しみにしていると思います p(^^)q
こちらも、なんとしても作業を繰り合わせて、
ゼヒ毎回参加したいと思います!
日程。お待ちしてまぁす!

>既に私自身では海底に火口と溶岩の熔出箇所を発見していて、
>調査している学者から伊豆東部火山が熱海まで及ぶ事
>を火山学会へ発表をする為の準備をしています。

すごいですね~
沈没とその原因を同時に見出しているというのは、ダイナミックです。
Takashima さんもこの熱海の特異性にも注目されましたでしょうか。
改めておもいましたけど、
最先端の科学技術から、海洋学・歴史・古文書、古代まで、
熱海には色んな要素が畳み込まれているのがすごいです。

それにしても激動の鎌倉時代の始めに、港だけではなく、歴史からも陥没してしまった熱海。
そしてその中心の伊豆山神社に、
深~いななにかの意味があったのではないかと・・・
ついまた(^^;ゞ空想してしまいました。

なにはともあれ、
目の前のものから一つ一つ明らかにすることがなにより素晴らしいですね。

>画一的に違うのはカルデラの全体が一度は沈み、後に再びカルデラり形状を取り
>戻した事でしょう。

むー、ムツカシイです(^^;)ので、
講演会たのしみにしてま~す。

   ★彡

わたなべさんの記事も拝見させてい頂きました。
「奇岩博物館、富士山資料館」というものがあったのですか~

>富士山の二度目の噴火で、三島まで溶岩がきた様子を解説してあります。

富士の古代文献に関心がありますので、
ゼヒ何時か、遊びに行ってみたいと思いました (゚O゚)/

投稿しようとしたら、「1回の投稿は、半角サイズで4000文字以内にしてください。」と言われてしまいましたので、
二つに分けました。
 

お久しぶりです(汗)-1

 投稿者:こだいファン  投稿日:2005年 3月27日(日)22時36分38秒
  うさぎさん、気になる話だったのですけど、
こちら多忙のド壷に沈殿してまして、
スッカリ遅くなってしまいました。~(o_ _)o

>ロープで思い出しましたが、外秩父(奥武蔵)に『伊豆が岳』という山が有りまして、
>ここには鎖場が有ったような覚えがあります。。。 記憶が定かでは無いんですけど。

このお話、気になってましたのでやっと(汗)調べてみました。
   参考HP→ 伊豆ガ岳 鎖場に心臓バクバク

確かに鎖場がありますね、岩戸山よりかなり立派です~
昔、修験者が使ったものだと思います。(本場熊野の奥駆のコースにもあるようです)
やはり伊豆山の修験者のネットワークがあって「伊豆」の名前を冠したのかもしれません。

>海底遺跡ゾーン中のあるポイントの延長線上にこの『伊豆が岳』が有るそうです。

これも地図で探してみました→ 埼玉県飯能市周辺 - 生活地図サイト MapFan Web
(拡大縮小できます)
位置関係は、熱海からホボ北方向なのですね。
海底の遺跡と、、、そうですかぁ、、、きっとなにか意味があるような気がします (^-^)”

>『伊豆が岳』のあたりは札所になっておりまして、『子の権現』という「足の神様」も
>有ります。神様という言い方はおかしいかもしれませんが、、。

こちら伊豆山神社の参道にも、足立権現(役の小角様)がおられます!
クリックしてください クリックしてください
(クリックすると拡大します、ブラウザの「戻る」ボタンで戻ってください)
ちなみに「権現」とは、外国(インド)から日本に来て日本の神様になったということですので、
神様と呼んでイイのだと思います・・(^m^)
それにしても、同じ足の神様なのですね~
やはり、伊豆山の行者が、足の神様の信仰と、「伊豆」の名前を持って行って、
ネットワークを構成していたのでしょうか?
調べてみましたら『子の権現』は「ねのごんげん」と読むのでした。
子(ね)の方向は北ですけど、伊豆山から見て北・・・?!?

いずれにしましても、貴重な情報ありがとうございました (^J^)/

>そうそう、東海大の調査結果(等深線の表示)で「妙な反応」と私たちが注目した場所は
>-40mを越えた陸からも既存のダイビングポイントからも離れた場所です。

すごいですね~
海底調査は大変だとは聞いてますけど、
おかげさまで、その大変さが少しずつ分かってくるようです。

みなさん、
これからも出来るところから活躍してくださいませ v(^J^)
 

定例講演会を開催致します。

 投稿者:H.Kunitsuguメール  投稿日:2005年 3月16日(水)20時17分25秒
  来月の4月より毎月テーマを決めて講演会を開催する事となりました。

定例講演は伊豆山神社にて開催し、更に熱海市内にても講演会を開催致します。
現在、日程の調整中です。
 

時代の検証

 投稿者:Takashimaメール  投稿日:2005年 2月 8日(火)23時44分55秒
  返事ありがとうございます。今後の調査報告を楽しみにしています。  

皆さん 色々と書き込み有難う御座います(^。^)

 投稿者:PROTECS JAPANメール  投稿日:2005年 2月 6日(日)20時55分45秒
  Takashima さん 返事が遅くなりました。

熱海の状況が富山湾と違う、また沈下した別府湾とも違う所を話しましょう。
海底遺跡の所でも取り上げて有りますが、熱海湾は本来カルデラ湾で有ったと言う所から
始まりますが、この噴火も5万~20万年前・・・もっと前かと思われます。実は地質学や火山学
でも熱海湾はカルデラ湾と認証はしていない為、この事に触れる為の調査をこの海底遺跡に
引っ掛けてやっているのが現状です。熱い海・・・熱海(阿多美)は伝承によって火山が有った
とされ、この事も調査の対象として海洋地質学者の協力を仰ぎました。既に私自身では海底に
火口と溶岩の熔出箇所を発見していて、調査している学者から伊豆東部火山が熱海まで及ぶ事
を火山学会へ発表をする為の準備をしています。(現在では伊豆東部火山群は伊東までとされ
ている)
さて、本題に入りますと氷河が溶け始めて海浸が進み海面が80~100m上昇して安定し、後に
この半分位に海面が下がり落ち着いたものとされます。この辺は与那国の海底遺跡での事と
同じですが、画一的に違うのはカルデラの全体が一度は沈み、後に再びカルデラり形状を取り
戻した事でしょう。ただし、この事でカルデラの岩石に海水が浸透してカルデラの崩壊を進めた
と思われます。全体的には鎌倉の時代1247年前後に全てのカルデラ形態が無くなったと思われ
ますが・・・。カルデラの岩盤上には大きな木も育ちませんのでここからも富山湾とも違いが
有り、更に海底を隈なく調べると高熱が掛かり破壊された石の加工物が多く見られます。
ここからは仮定ですが、熱海が海底に沈む時に火山の噴火と局地的な大地震があったと見れ、
更に火砕流が有ったのではと見ています。これは加工された石の構造物が熱によって膨張し、後に水に触れた為に爆裂する現象です。ただ、唯一の記録で有る「百錬抄」での書付の事と照ら
すと入り江状の部分が垂直に沈み、カルデラの堰き止めが崩れて陸地の一部が1200m程海上に移動して沈み、湖の様になったとされます。
いずれにしても、現状の水深60m前後には木の幹等の存在は確認出来ておりません。海底の
発掘が進めば見つかるやも知れませんが・・・。
また、海底で木の幹が保存出来る条件ですが熱海は海水温も高いので難しく、ただ一つ言える
のは泥の中に埋没していれば可能性も有ります。ただ難点は火山性の地質の為、泥の内部に
硫黄分が有った場合は腐食性のガスの発生を助長する為に難しいかも知れません。更に太平洋岸
と言う事で台風や大きなうねりは水深40mまでに及び海底の色んなものを動かしてしまいます。
木の幹が十分に海水を吸って重たくなっていれば見つけられる可能性は有りますが・・・!
現状として考えられるのは岩の中に埋没している杉の花粉が有効の様ですし、更にかがり火灯台
に付着したサンゴの年代測定でも可能性が有ります。
 

訂正

 投稿者:わたなべ  投稿日:2005年 2月 6日(日)14時17分10秒
  奇岩でなく奇石博物館でした。
日本は、大昔殆ど海なので、陸地がすくないと解説がありました。三浦半島、伊豆半島は、後からできたので何かと地震の影響があったようです。熱海の遺跡と関連するのはなかなか出てこないです。
 

岩戸山の写真と解説、さんきゅうです♪

 投稿者:うさぎメール  投稿日:2005年 2月 6日(日)00時28分48秒
  今晩は♪ 岩戸山ハイキングコースのスナップ写真、ありがとーございます♪
なるほど、伊豆山神社の絵の雰囲気とは大違いですね~ 
絵ではまるで「屏風岩」の如く聳え立つ感じですものね。

〉ロープが2本見えますけどそれを握りながら登りますぅぅ。ちょっと修験者みたいな気分・・

「ロープ付き藪漕ぎ」ですね! 鬱蒼としているんですね、、。
ロープで思い出しましたが、外秩父(奥武蔵)に『伊豆が岳』という山が有りまして、
ここには鎖場が有ったような覚えがあります。。。 記憶が定かでは無いんですけど。
変わった名称の山でしょう? 國次さんから以前聞いたことが有るのですが、
海底遺跡ゾーン中のあるポイントの延長線上にこの『伊豆が岳』が有るそうです。
「カシミール3D」で追っていったら偶然この山にぶつかったとのこと。

この海中ポイント、階段やら迷路が有る場所で、海中でコンパスで確認したところ、
正確に東西南北に「通路」ができていました。  幅は・・・70cm~1mくらい?

『伊豆が岳』のあたりは札所になっておりまして、『子の権現』という「足の神様」も
有ります。神様という言い方はおかしいかもしれませんが、、。

最後に、樹木は有るのかもしれませんが、仮に有ったとしても埋まっていて肉眼での確認はほぼ不可能に近いかと思えます。
但し、私たちも怪しい場所(笑)全てを周っているわけでは有りませんので、
未知の領域が残されている可能性も有り得ますが、、。
#以前にも書きましたが、そして『みんなの掲示板』でも話題になっておりますが、
持ち時間40分間で周れる範囲&できることなんて、残念ながら限られているのです。

水質&水温は大いに影響するかと思います。
北海道には樹木の突き出ている湖が有りますが、水温の違いもその保存原因の一つでは?と私には思えてならないのです。

熱海でも運良く?偶然??発見できるとラッキーなんですけれど、、。

そうそう、東海大の調査結果(等深線の表示)で「妙な反応」と私たちが注目した場所は
-40mを越えた陸からも既存のダイビングポイントからも離れた場所です。
つまり、船からの長距離移動を強いられる場所。あまりにもリスキーな為に、
現在のところは潜って我が目で確認をすることができません、、。
#その為だけに船をチャーターするにはちょっと・・・かと思われますし。

私にわかっているのはここまでです。 ☆國次さん、浮上してくださいませ~~~
 

富士山裾野で

 投稿者:わたなべ  投稿日:2005年 2月 5日(土)21時33分30秒
  今日は、奇岩博物館、富士山資料館に行ってきました。博物館では、奇妙な石がたくさんあって、初めての人には、面白い所です。
カンカン石は、香川県綾歌郡国分寺西山産、讃岐岩のようです。孔子がカンカン石の名手で、奈良の寺や他でも使っていたようでう。神社では使っていないのが不思議ですが、意外といいもののようです。
香川に行くと何かわかるのでしょうか、有名とは知らなかったです。
専門家の間では有名のようです。中国にもあったかも知れません?人の手ですんなり取れたようです。
資料館では、1843年、古い地図で初島の手前まで、熱海側から陸地が少し出ていたようになっていました。沈んだのはそれ以降でしょうか、
富士山の二度目の噴火で、三島まで溶岩がきた様子を解説してあります。
 

レス遅れ気味でぇすm(_ _)m

 投稿者:こだいファン  投稿日:2005年 2月 5日(土)19時35分36秒
  >うさぎ@写真は苦手ですぅ

あっらー、でも20代が遥か昔とはとても見えません!ですよん。。。
剣岳の幻想的な眺め、イイ思い出ですね。うらやましぃ~
岩戸山方面のハイキングでしたら、キツイのは伊豆山神社から白山神社に向かうところでしょうか。
ここには印象的な大木がありました。

>伊豆山神社宝物殿に岩戸山の絵が有りますよね、歴史的な道ということで憧れます。

この絵の感じとはズイブンちがいましたー
でも、昔は木が少なかったでしょうから、岩戸山の岩戸も良く見えたのでしょうか???
今は、岩戸の写真もなかなか撮れません。
ハイキングコースのスナップを載せてみます。
初めは、伊豆山神社から岩戸山近くまでの写真4枚。

白山神社近くの大木・なんとなく顔に見えて印象的でした 子恋の森公園の道(ただ、この上でハイキングコースが途切れていますので、七尾団地の奥に回って岩戸山ハイキングコースに入ります
岩戸山へのハイキングコース・整備されてます~ 岩戸山では、岩戸観音方面の道へ分かれます。ここから急に細い獣道のようなコースです

次は、岩戸山の岩戸観音様と、それを過ぎて登るところが急坂です。
ロープが2本見えますけどそれを握りながら登りますぅぅ。ちょっと修験者みたいな気分・・・
3枚目は、岩戸山頂上です。

岩戸山の大きな岩の下に岩戸観音様がおられます。この大きな一枚岩は近すぎてなかなか上手く写真にとれませんでした。 岩戸観音様を過ぎてからは、岩がごろごろした所をロープを頼りにすすみます。距離は短いです 少し進むと、岩戸山の頂上。ハイキング好きな人が情報交換してたりします。いい景色~

熱海は、海も山も面白いかもしれないですね (^-^)”

   ★彡

Takashimaさん、なるほど傾斜地の場合は海面上昇期間中に樹木などが流されてしまうのですね~
言われてみれば、確かにそうだと思います。

>熱海のケースが地盤沈下で短期間で海中に没したのであれば必ず大きな木の株は残っているはずです。

もし、根っこだけではなく、幹が残っていれば!
もし幹があれば、正確な年代測定ができますから、すばらしいですね (゚O゚)/
暖かい海でも腐食をまぬがれていることを期待したいものです。

最近?の地盤沈下だけでも樹木から確認できたら、ホントにラッキーですね。
σ( ^^)気長に期待して、待っていることにしまーす (゚J゚)ノ
 

時代の検証に関して

 投稿者:Takashimaメール  投稿日:2005年 2月 2日(水)01時47分27秒
  富山湾の埋没林との比較ですが、最も重要な違いは地形と思います。富山湾は平坦な地形であったため長期間に渡る海面上昇の間に波打ち際にならずにすんだことが幸いし杉林が海底に残ったと考えられます。それに比較し熱海の場合は傾斜地と推察され、海面上昇期間中にかなり長い間波打ち際になったと考えられ、その期間に樹木も土砂と一緒に洗い流されてしまったと思います。富山湾はその点で大変貴重な特異なケースと思われます。富山湾の場合は水質のことも幸いしたと考えられていますが、海水に大きな差はないと思われ、地形の違いが最大の要因と思います。ちなみに数百年前に沈んだ木製の沈没船が埋没品の回収などで調査されたりしていますが、船体はかなり残っているものが多く、海水中でもかなりの長期間木は残るはずと考えられます。熱海のケースが地盤沈下で短期間で海中に没したのであれば必ず大きな木の株は残っているはずです。それは多少の泥が海底に溜まっていてもその上に突き出しているものも多数あるはずと判断されます。是非継続して調査してみてください。調査の報告をお待ちします。  

うわぁ・・・写真に収まった(汗;)

 投稿者:うさぎメール  投稿日:2005年 1月31日(月)21時37分30秒
  こだいファンさん、今晩は♪ うさぎ@写真は苦手ですぅ、お見苦しくて、、。
私葱畑の住人ですが、登山していたのは遥か昔の20代の頃で、今は全くできないです。

剣岳は夏~秋はお洒落かも? でも、本場シャモニのリゾートぶり?には適いませんが、
それはそれで良いのでは、と思っております(^^♪ 
「日本にもこんな場所が在るのか!」と、あの岩と雪の世界を前に言葉を失いました。
初めて登ったときの頂上からの幻想的な眺め(鹿島槍が岳に浮かぶ月と日本海に沈む陽)に、涙が溢れるくらいの感動を覚えたのは忘れられません。その後が地獄だったけど。

〉伊豆山から十国峠の岩戸山方面のハイキングになんどか行きましたけど、

素晴しいコースですね! 私は体力低下によりとても自信が有りませんが(本当です)、
伊豆山神社宝物殿に岩戸山の絵が有りますよね、歴史的な道ということで憧れます。

〉こちらσ( ^^)函南町は、伊豆山神社の神域だということもありますけど、
〉昔は熱海への、野菜などの行商が盛んだったようです。

そうだったのですか。函南の西瓜は食べたことが有ります。伊豆山の八百屋さんから
國次さんが買ってきてくれて、それを皆でいただきました。甘くて美味ですね♪

作業の時は、もちろん私のようなアマチュアは加わりませんです。足でまどいですぅ^_^;)
私たちが行うのは、あくまでも「下見」なんです。
國次さんが言われるには、私たちに作業は無理でも「確認」はできる、って。
「複数の目で確かめることが大事」と以前聞いたことが有ります(^_-)-☆ 
 

ぁれ;;;富山湾の海底林!

 投稿者:こだいファン  投稿日:2005年 1月31日(月)19時51分26秒
  これはどどーも m(_"_)m 黒のブレザーのうさぎさんでした、失礼しましたぁ。
茂在先生とウサギさんが話しているところを写真に撮ってσ( ;^^)いたのでした /(^◇^;)
ところで、うさぎさんは葱畑!?のお暮らしなのに登山!もされるのですね~ /(≡・ x ・≡)\

>私自身、剣岳には3回登っておりますが、夏~秋の長次郎雪渓の景観は素晴しかった。

剣岳はお洒落なのですかぁ~
うむー、ダイビングも、登山もとは大したものです。
こちら、体力回復?のために、伊豆山から十国峠の岩戸山方面のハイキングになんどか行きましたけど、
とーてー、かなわない亀さんみたいです (^m^)

>熱海は海のすぐ側まで山が迫り、
>平野と呼べるような部分がほとんど無く、従って米作にも適しなかった・・・

こちらσ( ^^)函南町は、伊豆山神社の神域だということもありますけど、
昔は熱海への、野菜などの行商が盛んだったようです。

それにしても「バキューム」は船をチャーターして大掛かりにやらるものだったのですか。
海では、何をするにも大変そー、体力も要りそうですし・・・(汗)
ホント、國次さんはじめみなさんの努力の積み重ねです。
みんさんガンバってくださ~い p(゚_゚)q
 

れ:富山湾の海底林!

 投稿者:うさぎメール  投稿日:2005年 1月30日(日)00時08分33秒
  こだいファンさん、どぉーもぉー、うさぎ@発会式では黒のブレザーを着てました(^^ゞ

〉東北の地上でも色々見ているようですけど、
↑ それは、じゅんこさん@仙台・東京・伊豆山&インドネシアの住人です(^.^)
私は杜の都には行ったことも無いです。葱畑の中心で暮らしておりますし旅行しないし。

〉熱海の場合は、昔は海が煮えたぎって熱かった伝承があるくらいですから、
〉自然の条件は正反対ということろでしょうかぁ。

そうですね、「あつうみヶ崎」(現在の「大乗寺根」?)と言われていたくらいですし。
富山平野は黒部川扇状地ですが、対する熱海は海のすぐ側まで山が迫り、
平野と呼べるような部分がほとんど無く、従って米作にも適しなかった・・・

富山の場合には、ご紹介のHPにも有るとおり、立山連峰・後立山連峰を抱え、
豊富な雪解け水が黒部川に注ぐので、全く違った自然環境かと思います。
私自身、剣岳には3回登っておりますが、夏~秋の長次郎雪渓の景観は素晴しかった。
貧乏登山者が「日本のシャモニ」と呼ぶくらいでしたから(笑) <お洒落度は違うけど
あの辺りの岩は花崗岩が多かったですね、剣沢の水は夏でも冷たかった覚えが有ります。

「バキューム」の件ですが、持ち時間40分(ダイブタイム40分)では到底ムリです。
船をチャーターして機器を備え付けて、ある程度大掛かりな作業になるのではないかと?

〉なにをするにも、なんと月日のかかることでしょう (o_ _)o

実感です・・・ 更に、海に潜ることは空気の無い高圧環境に身を曝すことですから、
陸上のようにはコトが運ばないのですが、探究心旺盛な学生・院生の方々のご協力で、
少しずつですけれど前進することでしょう(^^)v 
 

富山湾の海底林!

 投稿者:こだいファン  投稿日:2005年 1月29日(土)17時01分43秒
  こちらσ( ;^^)今年になっても余裕が無くって(汗)レス遅れ気味ですぅ m(_"_)m

うさぎさんこんばんは (^-^)”
アマチュアダイバー!?のうさぎさん、海の中を見れてよいですねー (゚J゚)ノ
東北の地上でも色々見ているようですけど、「百聞は一見にしかず」ですか・・・p(゚v゚)q
やがては、色んな物が繋がってくるのかもしれません。
僕もアチコチ見て歩きたいのですけど、ホトンド余裕がないですぅ(残念)

Takashima さんは7000~10000年前に関心がおありなのですね。
私も、古代や超古代が好きです。
うさぎさんが教えてくれた『みんなの掲示板』拝見しました。
富山湾に海底林があるのですねー、うさぎさんにならって探してみました。
   魚津埋没林および吉原海底林の古環境
   http://homepage1.nifty.com/uraisan/47/4703uozu.html
スゴイですねー、うさぎさんのおっしゃる通りです。ここから引用させていただきますと、
>本来なら腐ってしまうところが、 海底からたくさんの立山連峰の冷たい湧水が噴出していたおかげで
>10000年も腐食を免れたというもので、 この種の海底林としては世界唯一のものです。
しかし、
熱海の場合は、昔は海が煮えたぎって熱かった伝承があるくらいですから、
自然の条件は正反対ということろでしょうかぁ。
うさぎさんのお話でも、熱海の海では樹木の確認は困難なようです。
やはり、専門家による海底調査や、
國次さんが進めておられる石造物の構造や工法の調査が進んでいますので、
皆さんの調査が成果を出して来るとイイですね~

それにしても、海底とはかなり調査困難な場所とは聞いていましたけど、
それに、熱海の海底遺跡は広くて沢山ありますし~大変ですね。
写真をみても、海底は鬱蒼としてましたけど、
うさぎさんのお話の『→機器を用いてのバキューム』にしても、潜っている短時間しかできないでしょう。
それに、

>複数の優秀なダイバー特別の装備万が一の場合のサポート体制&チャーター船が必要、

とのこと。
さらに付近の航路もムツカシイ障害になるとは(汗
なにをするにも、なんと月日のかかることでしょう (o_ _)o
みなさんがんばってくださーい。

   ★彡

わたなべさんの「津波での被害」も面白い視点ですね。
今度のスマトラ沖地震のニースの中で、海の中の膨大なゴミ(家具や家電など)の映像に驚きました。
なにか手がかりになると良いですね。

   ★彡

ところで國次さんのPCがシステムダウンだそうで。
んー、忙しいとなかなかPCまでは調査出来ないのでしょうか・・・
ともあれ、先ずは海底調査がんばってくださーい (゚O゚)/
     さむそー
 

海底林・埋没林について

 投稿者:うさぎメール  投稿日:2005年 1月28日(金)11時56分29秒
  こんにちは。今日~3日間、お台場でダイビングフェスティバルですね。私は行かないけど(^^ゞ

Tkasimaさんが『みんなの掲示板』に富山湾の埋没林についてご投稿下さいましたので、
私もあちらにカキコさせていただきました。 水の良い海が羨ましいですね~
☆くにつぐさんのPC、完全復旧は未だ・・・なのかしら?
 

膨大な調査・・・

 投稿者:うさぎメール  投稿日:2005年 1月25日(火)23時25分48秒
  こだいファンさん、今晩は。保存会発会式以来ですね~(^_-)-☆

〉いずれにしても楽しみです~
〉膨大な調査の積み重ねのようですので、

東海大の学生さんたちによる卒論発表や奈良大院生の方々による論文発表後でないと、
現状では詳細を公表できる段階ではないのかも知れません、、。
実際にどこまで進んでいるのか一般人(という言い方は変かも知れませんが)の私には
わかりかねますし(^^ゞ

年代についても、数通りのアプローチ法が有るでしょうし、ね。

院生・学生の方々への潜水訓練も昨年より少しずつ進んでいるそうですが、
今の時期は体を守る為にも(特に、女性には重要)ドライスーツが良いと思いますが、
ドライスーツで潜るにはそれようの練習も必要ですし、スーツのサイズも有りますから、
まぁなかなか・・・ですよね。←首周りなどの個人差も大きいです、重要なことですが。 
でも、研究者・専門の学生の方々が潜って自分自身の目で確認することは何より大事かと
私も陰ながら応援しております。「百聞は一見にしかず」ですものね。

というわけで、こだいファンさんの述べられている通り、「気長に待つこと」ですね。
海底遺跡調査は、実際に潜るだけでも色々な課題をクリアーしながら安全第一で
進めないとなりません。なんといっても、研究者もダイバーも生身の人間ですから(^^♪
 

年代?

 投稿者:わたなべ  投稿日:2005年 1月25日(火)19時56分6秒
  熱海は1633年、1782年に津波がきましたと書物に書いてあります。(伊豆小笠原弧の衝突1200円)に書いてありますが、1257年に関東南部に地震が2度来たようです、
(書物によって内容が多少違いますが)
津波での被害がわかればいいのですが、気長に調べないとわからないです。
 

遺跡周辺の樹木について

 投稿者:うさぎメール  投稿日:2005年 1月25日(火)08時30分32秒
  Takashimaさん、おはようございます。初めまして、実際に潜っているうさぎと申します。
このサイトの管理者であり遺跡調査潜水リーダーの國次さんのPCがシステムダウンによる復旧作業中の為、昨晩時点でネットへのアクセスも管理もできないそうです。

そのようなわけで、私は一介のアマチュアダイバーですが、率直な意見を述べさせていただきます。(私は作業ダイバーでも研究者でもありません、念の為・・・)

樹木の件ですが、「根」に関しては水中で見る限りにおいては、仮に有るとしても、
その存在を確認するのは現在のところ難しい、というのが私個人の感想です。
その理由は、海底にはシルトが堆積し、試し掘りしてはみたものの、物凄い煙幕で
周囲が見えなくなる程でしたから。→機器を用いてのバキュームでないと無理では?

「下部」に関してですが、淡水の湖では残っていたりしますよね。
海の場合はどうなのでしょうか? <逆の質問ですみませんm(__)m

遺跡(と思しき場所)は、すでに國次さんにより公開されている所以外にも
気になる箇所が東海大の資料によると複数有ります。
しかし、その場所は遠く且つ深いので、未だに目視確認ができません。
複数の優秀なダイバー特別の装備万が一の場合のサポート体制&チャーター船が必要、
と私には思えます。

最低、チャーター船は必要ですが、付近には航路も有りますからそういう場所に泊めるのはマズイでしょうし、時間の有効活用をしつつ安全に調査を進めるのは難しい課題です。
#いずれそれも解決するときが来ることを、私は願っております。

Takasimaさん、國次さんのPCが復旧すれば的確なレスが付くかと思います。
昨晩時点では「メールの受信はできるがネットへのアクセスが駄目」とのことでした。
もうしばらくお待ちくださいませ。
 

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