「熱海の海底遺跡」歴史ロマンの掲示板
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台風が大変ですねぇ
投稿者:
こだいファン
投稿日:2005年 9月 6日(火)16時37分46秒
こちらは台風11号の後片付けが、今頃やっと終盤戦ですぅ、、(o_ _)o
ところで、國次さん、スサノオと櫛稲田姫が祀られているとは驚きました〜!
>他の神社では見られないものとしています。
>はしりゆ(走湯)神社・権現では出雲の神を祀り、伊豆神社や伊豆権現では天孫と神阿多を
>、伊豆山神社は両方の神をバランス良く祀っています。
普通に考えるとフシギに見えますけど、
始めにアメノオシホミミノミコトを祀った拠点だったとしたら、、、うなずける様な気もするのですが・・・
それにしても凄いですね〜
じゅんこさん、歴史の研究進んでいるようですね(^J^)/
瀬織津姫も印象的ですけど、
ちょうどσ( ^^)東北の、さらなる古代が気になっているところでした。
・・・長髄彦によって、東北の命運が左右されたのではないかと思えて来ました。
東北の歴史ももっと明らかになるといいですね。
うさぎさん『胡麻を練り込んで作ったピンポン玉くらいの大きさ』の話面白いですね。
「船舶遭難用緊急食料?」にも胡麻が練り込まれていたとは・・・
鎧兜姿の先祖の霊?の話も面白いです(^m^)
ちなみに、昔は子供の神様の神力が強いと考えられたみたいです。
伊豆山雷電神社の由来の一つに八大金剛童子の説がありますけど、
これも「童子」に強い神力を意味しているのではないかも思っているのです。
・・山城新吾の白馬童子もこの系統かぁも? (・_*)☆\ばき
幼女の姿をした何者か、、、神様だったのかもしれませんね〜
watanabeさん、色々活動されているようでうらやましいです (゚u゚)/
>小次郎の首塚が御祭神社の近くにあります。佐々木小次郎?でしょうか、
三宅島と小次郎を検索しましたら、幕末の侠客小金井小次郎の話がありました。
武蔵小金井〜国分寺のウォーキング
http://www.geocities.jp/nanapiko9/musashikokubunji.html
西念寺・小金井小次郎の墓
(独力で三宅島に渡り治水事業を行ったそうです)
ところで、後北条氏配下の松田康長が風間一族を束ねていたのでしょうか・・・??
関東一円を風間一族が闊歩していたということでしたら、
もしかしたら、うさぎさんのご先祖様も関係していたのかもしれませんねぇ (^^?ゞ
忍者
投稿者:
watanabe
投稿日:2005年 9月 2日(金)22時57分36秒
は武器がメインで展示しています。運ぶとなると相当体力が要ります。鉄製がほとんど見たいですが、ドラマのようにはいかないでしょう。
風間一族は神奈川とあります。資料館があればいいのですが、
有名な山には神社が必ずあるので、信仰のある山から調べるようかと、
海は三宅島を再度挑戦してきます。
小次郎の首塚が御祭神社の近くにあります。佐々木小次郎?でしょうか、
入り口は故郷のほうを向いているのかも、伊豆方向です。
三宅島も地震で移動があるので、方向は多少ずれいます。
国土省に三宅島の立体図があります。これを利用して何かできればいいかも知れません。
http://www.gsi.go.jp/WNEW/LATEST/MIYAKE/map/miyake1.jpg
RE:忍者の発祥?
投稿者:
うさぎ
投稿日:2005年 9月 1日(木)20時18分45秒
こだいファンさん・わたなべさん、今晩は♪
>忍者と密教(山岳信仰)が近いと思いますし
>「峠」が好きなのも血筋なのかもしれないですね☆ミ
以前高野山修行僧の一日をテレビで見ましたが、彼らは山中の獣道もどきを毎日風の如く
疾走するようです。まさに忍者の走りそのものかもしれません。。。
父は先祖(大正生まれの自分の祖父)の持っていた忍者の行動食を見たことも有るそう。
胡麻を練り込んで作ったピンポン玉くらいの大きさの丸薬のようなもの、だったとか。
それで思い出したのが、私が25年ほど前登山の際に携行していた非常食。
山の店で「船舶遭難用緊急食料」(的なネーミングだった)を購入して(現在は美味し
そうな宇宙食も多いみたいですけれど・笑)山での昼食代わりとしても食べていました。
正方形のゼリー状の食べ物で、胡麻が練り込まれていて、水が無くても喉を通ります。
「峠」ですが、「私はドライブはしません」という一筆をダンナに書かされました(^^ゞ
当分は・・・禊期間が終わるまでは?峠越えドライブは行けないですね、、。
>うむ〜、文化遺産!がザンネンでしたぁ。。。
文書は何か掟が有ったのかもしれません、、。でも、未だ実家には戦国時代の武器諸々が
残っております。特に忍者用、というワケではございませんけれど。
私も中学時代に数回先祖の霊?に遭遇したことは有ります。鎧兜姿でしたけれど、ね。
私の能力は愚息の為に使い果たしてしまい、現在はそのような力は皆無!です。。。
(愚息は現代医学から見放された赤ちゃんでした。彼を道連れにしての「死」を
決意した時、幼女の姿をした何者かが現れ、奇跡が訪れたのです。
通院していた大学病院では腰を抜かさんばかりの驚きようでしたけれど、ね〜)
おっと脱線してしまいましたm(__)m
父に詳しく聞いたところ、「金光山」は通称?で、正しくは「揺照山」とのこと。
ウラン鉱石の出る場所で、ラジウム鉱泉も有り、戦時中は大日本帝国陸軍がウラン鉱石を
掘っていたそうです。もちろん、秘密裡に。
でも製造技術が無い為に、原爆製造には至らなかった、とのこと。
海底遺跡からはずれてしまい、すみません・・・
お久しぶりです・・・
投稿者:
じゅんこ
投稿日:2005年 8月30日(火)15時19分29秒
久しぶりに月例講演会に参加して、いただいた伊豆山神社末社リストも祭神関係図をながめて東北ドライブの道草に役立てようと思っているところです。こだいファンさんに瀬織津姫について教えていただいて(一ヶ月も前の話になりますが・・・)お礼もいっていないのを気にしてたのですが、オートバイのトラブルのせいでおみえにならなかったとは。でもご本人が無事でなによりです。荒雄川神社は鬼首の温泉やゴルフにへ行く途中何回も前を通り過ぎてますが、そういう神社だったのですか・・・。
ところで、熱海の帰りに歴史学者の網野善一さんと考古学者の森浩一さんの対談「この国のすがたと歴史」(朝日新聞社)を読んでいたら、網野さんが中世は各地に所領をもつ御家人等が本拠地との交流があったという話から「走湯山は土佐に荘園をもっている。」と言っていました。頼朝の挙兵に呼応して挙兵しようとした弟の稀義が土佐で兵士に殺され、その墓所をつくった僧侶が走湯山との関係があり、墓所の件で鎌倉と土佐を船で往復しているのだそうです。走湯山の勢力は土佐にまで及んでいたのですね。
こんにちは〜(^^)
投稿者:
H Kunitsugu
投稿日:2005年 8月29日(月)18時26分2秒
編集済
こだいファンさん 先日のオートバイのトラブルは大変でしたね〜!
さて、第五回の講演会では伊豆山神社の祭神を紐解きました。
私自身もへ〜っと関心致しましたが、中々面白い結果が現れました。
つまり、天孫族系+神阿多族系と出雲族系の関係が浮上し、天照大神とスサノオとの関係
が微妙な部分が分りました。スサノオが櫛稲田姫と結び付いて出雲神族の祖神となってい
ますが伊豆山神社は両方ともきちっと祀っていますので・・・!
他の神社では見られないものとしています。
はしりゆ(走湯)神社・権現では出雲の神を祀り、伊豆神社や伊豆権現では天孫と神阿多を
、伊豆山神社は両方の神をバランス良く祀っています。
http://www.izu.biz/pro-tecs/
忍者の発祥?
投稿者:
こだいファン
投稿日:2005年 8月29日(月)17時25分43秒
残念ながら、定例会はバイクの故障で行けませんでした(m_m)
27日の当日、熱海峠を熱海に下ろうとしたその時に『プッ』と小さな音がして、
それっきりバイクが走らなくなってしましましたぁ・・・
4万キロ以上も走っていますから、たまには仕方ないでしょうか・・・(・_;)ヾ(^^ )
watanabe さん結構お調べになってますね。
神奈川は風魔忍法!(小説・アニメでおなじみの・・?)ですか〜
>「戸隠神社」は飯綱神社と関係が深いようです。
愛鷹山にも飯綱神社がありますけど、飯綱使いの話もあったみたいです。
忍法には、密教だけではなく古来の鬼道なども習合しているみたいですね。
奥が深かったような気がしてきました。
うさぎさん、なんと!忍者の末裔なのですネぇー!
お話面白かったです(゚J゚)ノ
忍者と密教(山岳信仰)が近いと思いますし
「峠」が好きなのも血筋なのかもしれないですね☆ミ
>文書も現物が無くなったので父が処分しました。
>一見漢文風なのですが、所々朱で不思議な記号を入れてあり、
これは漢字をつかった暗号だったのでしょう。
忍法の流派ごとに文字があったのでしょうけど、
うむ〜、文化遺産!がザンネンでしたぁ。。。
>静岡には忍者がいなかったようです。
watanabe さん、忍者関係の話がないワケではないのですが、、、(^u^)/
忍者のルーツの一説になるのかもしれません。
探求 幻の富士古文献
http://www.hachiman.com/books/85765-526-6.html
しばらく余裕がなかったのですけど、なんとか時間がとれましたので、
この本の319頁からタイプしてみます。
「第十一章 鎌倉幕府と古文書保管の宮下家」より引用 ********************
元応二申年(一三二〇)八月二日、義兄、富士宮下右近亮義忠病死致すに付き、富士宮下右近亮義高と相成り、義兄の家嫡(後継)となり、以後富士十二郷の大地頭並びに富士総神社の大宮司の両職勤め居り。
建武二年(一三三四)春、楠木正成は秘密に二条大納言為定郷と相談の上、密かに夜舟にて、興良親王を富士山小室城の宮下の館に送り来るによって、長子、三浦左京亮義勝と密談の上、東宇津峰城、南の館に密かに移し給う。
註
東宇津峰城、南の館の場所は、山梨県南都留郡忍野村(おしのむら)忍草(しぼくさ)にして、富士山麓の西と北に宇津峰城の館を置き、敵に居る場所を発見されぬよう、孫子の兵法を実践に行う最初の人。
後世、狐と狸は人を化かす、という田貫の殿様、忍者の起こりとなる。
同年八月七日、護良親王の御首級を近臣の松木宗忠持ち来るに付き、長子、左京亮義勝と密談の上、富士山元宮小室浅間神社の内宮に納めかくし奉り、それより長子左京亮義勝と密談の上、密計のため、同十一月二十七日、地頭と宮司の両職は、長子の左京亮義勝に譲り、東宇津峰山南城の館に閑居し、興良親王を秘密に守護奉の居り、親王を慰めの為館の前に田を作り、宇津野田貫二郎と変名し、諸国に密計をめぐらし居り、正平十八年(一三六三)九月九日、宗良親王より、正三位下を賜るなり。
**************************************** 以上
うわぁ〜、タイプ、ツカレタ、、、('〜`;)
まぁ忍者の起源になるかどうかわかりませんけど面白い話だと思います。
南北朝時代、富士の勢力が南朝に味方してやがて滅んでいくのですが、
その時のリーダーの宮下右近亮義高が、宇津野田貫二郎と変名して諸国に密計をめぐらしていたそうです。
その田貫の殿様の居る場所が、忍野村(おしのむら)の忍草(しぼくさ)ですので、
もしかすると「忍びの者」という呼び方はここから来ているの、かも、しれません ('v')/
忍者
投稿者:
watanabe
投稿日:2005年 8月22日(月)21時11分3秒
忍者でも数にはかなわないようです。伊賀まで逃げるはめになったとは、平家との戦はすごい戦と思います。静岡には忍者がいなかったようです。資料が少ないので、見つけるのが大変そう。
源義経が鞍馬山で修行したと本には書いてあります弁慶と戦うぐらいですから秘密はあったのかも知れません。
変装もできないと関所が通れないので、変装して海まで来たのは本当かも?
伊勢海老
投稿者:
うさぎ
投稿日:2005年 8月21日(日)10時59分47秒
watanabeさん、お久しぶりでございます。活発に活動&潜っておられるのですね(^^♪
伊勢海老は夜行性なので、熱海でも横磯港で夜潜ると、浅いところにウジャウジャと。
総体的な数は妻良と比較してどうなのかはわかりません。コントロール?しているのかも
しれませんし、、。
忍者とはおもしろいところに目を付けられたのですネ〜
私の父方に忍者の末裔がいたそうです。大正末期生まれの父は、故郷岡山県コンコウ山で忍法訓練を見たとか。自宅には先祖から受け継がれてきた傷薬と、その製造法を記した文書も有りました。秘伝の薬だったのですが、25年ほど前に私が丹沢沢登り中に滝で怪我してその手当てで使い果たしてしまい、文書も現物が無くなったので父が処分しました。
一見漢文風なのですが、所々朱で不思議な記号を入れてあり、漢文好きの父も解読できなかった、とのこと。(朱の書き込み部分が一種の暗号になっていのか・・・)
秘薬の作り方は、コンコウ山山中に自生する植物&植物の根を採取して細かく砕き、
さらに土or鉱物も混ぜていたのかもしれない、と父は申しておりました。
調剤中は部屋に誰も寄せ付けず、直系の長子である父にすら覗き見を許さなかったとか。
本来ならば原材料調達〜製法に至るまで一子相伝で長子に伝えるのが筋なのですが、
父は国内生まれでない&学校の休暇で帰国中の出来事だったので、故郷に骨を埋める意思
の無い者にノウハウを伝えることはできない、と、そのご先祖は判断したのかも、です。
おまけに貴重な薬は私のドジの治療で使い果たしてしまいましたし、今思うに残念です。
忍者文字
投稿者:
watanabe
投稿日:2005年 8月19日(金)23時09分24秒
忍者文字はありました。閉館前にいったので、さっと見てきました。流派が多くて神奈川は風魔忍法のようです。
「戸隠神社」は飯綱神社と関係が深いようです。
戸隠村なので関係は深いと思います。
戸隠は神社よりお寺の要素が強いと思います。
方角の件は失礼しました。
昨日は、三重で再度潜ったのですが、流れが速く確認できませんでした。
甲賀城跡が近くにありました。甲賀忍者の地とは別の場所ですが。
城跡が民家になっていますので、重要視されていないみたいです。
今はうにの時期です。三重の甲賀には伊勢海老がいるので、海老の関係で伊豆に移住したとかあればいいのですが、
伊豆では妻良が伊勢海老祭りを毎年行っていますが、移住先としては適しているのでしょうか、伊勢海老が多い地域です。
タボー中ですm(_"_;)m
投稿者:
こだいファン
投稿日:2005年 8月19日(金)14時23分12秒
編集済
またまた多忙で無沙汰してますぅ m(_"_)m
>関東、伊豆七島、静岡の神社を線で結ぶと何かの形になるのか、最近は方角が気になって
>何か出てくれば面白いのですが、なかなか困難です。
watanabe さんわかりました (^J^)/
・・と思って、自分の地図ソフトでしばらく探してみたのですけど、
このソフトは詳しすぎて(?)、どうも上手く行きませんでした。
それに二等辺三角形しか調べられないみたい (o_ _)oコテッ
また、方角も含めて探してみたいと思います。
それから初島にも行かれたのですね。
何年か前にσ( ^^)も、初島で岩を調べたことがありました。(成果は無かったですが)
初島写真集 ⇒
http://shizuoka.cool.ne.jp/izu22/syasin/hatu0112/
>多少は美化していますが、ここでの伊豆山彦は一度しか姿を現しませんし、臣鹿島の系統
>である初木姫に逢い、童子の乳母となる過程にも伊豆山と鹿島の立場関係を表すかも
>知れません。
國次さんのお話で、伊豆山と鹿島の繋がりにも興味を持ちましたけど、
そういえば、初島やその周辺では「鹿島踊り」が今でも盛んです。
九州から熱海、鹿島への繋がりが分かるとイイいですね。
しかし、初木姫様のことは走湯山秘訣などの文献を読めるようにならないと、
なかなかイメージがわかないのでしょう・・・ (-。-;)
国文学解釈と鑑賞-「走湯山の縁起・鴨志田美香」によりますと、
走湯山秘訣に、巫女初木らの浄土廻りの場面や、
巫女初木の前に湯の中から月光童子(雷電権現)が
金亀に乗って登場す場面があるそうです。
それにしても伊豆山彦の話はさらに少ないのでしょうか・・・?
watanabe さん「戸隠神社」では忍者が活躍していたのですか!
伊賀の里の
博物館
に行ったことがありましたけど、
忍者文字というのがありました。写真をアップします。(いわゆる古代文字のバリエーションでした)
「秘密の連絡方法」とは、忍者文字だったのかもしれませんね。。。
★彡★彡★彡
八代新一さん、ホームページを少し(^^ゞ拝見しました
神武 ⇒ 熊襲勢(武内宿禰族)景行「タラシ王統」
⇒ 「八幡神」:応神「ワケ王朝」
こんな流れを想定されているのですかぁ!
源氏の神は八幡大菩薩(応神=誉田天皇・大自在菩薩)ですけど、
色々と、、『さもありなん』という感じがしてきました。
伊豆山では、σ( ^^)まだ八幡大菩薩ことは聞いたことがないのですけど、
でも、伊豆の軽野(枯野)船の時には神功皇后・武内宿禰と連携したような気がしますし、
それに、頼朝以来、歴代幕府の神社ですので(関八州総鎮守)、
縁が深いのかもしれませ〜ん。
それにしても、隠された歴史・部族・王朝は多いですねぇ(-。-;)
こちら富士・伊豆も含めて、
多くの隠された事実が生き生きと復活して欲しいものです(^L^)/
.
活発に動き回っていますね!
投稿者:
H Kunitsugu
投稿日:2005年 8月15日(月)17時50分7秒
watanabeさん こんにちは
戸隠神社も結構に古い神社ですね。修験信仰の盛んな場所で、平安時代には修験者が多く
参っていた様です。戸隠権現と善光寺は大変に有名ですが、走湯山と善光寺の神(仏?)は
同じともされている話も有りますね。太平洋側から長野に入る為には駿河湾の富士から
三島辺りから富士山の縁を通って行くコースと、相模湾は大磯周辺から甲府、大月辺りを
通って長野に入るルートですかね! この様な重要なルート上に漢人と吉士族が絡んでい
ます。絹の道、塩の道、陶器の道でしょうか!
http://www.izu.biz/pro-tecs/
戸隠神社と資料館
投稿者:
watanabe
投稿日:2005年 8月14日(日)22時22分46秒
土曜日に戸隠神社奥社、中社、宝光社と行ってきました。
奥社の参道は1900mありました、
奥社には、植物園があります、南洋系、北洋系の植物園ができるまで運んだのでしょうか。時間の都合で見れませんでした。
奥社の小さな滝には八水神が祭ってあります。
資料館に役の小角が穀物の神様と対でありました。農業系の守り神のようですから、伊豆にくると片方だけになるのでしょうか。米を大量に伊豆に運んだと考えられますが、
帽子をかぶった石仏とか、仁王像など宗派関係なくありました。
忍者の道具、農耕具などたくさんあります。
火薬、薬草の瓶、ヌンチャク、鎌槍など沖縄中国風の道具までありました。
道具、危険物、材料の仕入れ、取引、移動方法は植物の下に隠して港から運搬する方法でしょうか、熊、狼、山賊、平家と狙われるので、忍者が変装しないと運べないと思います。今でも夜の道は真っ暗です。
戸隠大助と飯綱明神の社司の同族の仁科家、信濃源氏木曽義仲と源頼朝公と秘密の連絡方法で船の入港日を知っていたと思うのですが、
港は南側ですと熱海か、伊豆山あたりが一番近く、船の監視見張り役が源頼朝公で長野まで運んで、源氏再興の為に財を蓄えたのでしょうか、
忍者は伊豆まで戦の指導に来ていたとも考えられます、
八代様 こんにちは
投稿者:
H Kunitsugu
投稿日:2005年 8月 9日(火)16時57分15秒
編集済
阿多隼人の末裔ですか? 素晴らしい!
>この間の「真鶴港」の「(きふね)貴舟」転覆の事件も、出雲の美保神社で執り行われ、記・紀に記される「青柴垣神事」で、元々、舟は転覆させるのが正しい祭のありようだったと思った次第でした。
-----------------------------
出雲の美保神社伝承ですか・・・。転覆させるのは海人の舟戦(ふないくさ)の常道ですよね! また、潜りの上手さを使って、海の中に引きずり込むのも常道策ですから、河童の仕業になっても仕方有りません。
矢代様の本も一度購入して読もうと思います。
「地歴関連のホーム掲示板」ですか? 有りましたら、ご報告致します。
隼人については相当に古くより全国に分布していた様ですが、弥生時代より淘汰されていった様ですね。「はや」「やえ/八重」等の言葉は隼人族の関係とされますので全国的に広がっています。
>それと、全国的な「阿多の地名分布図」のことは、小生のホームページでも参考資料として取り上げさせていただきましたが、その件お許しください。
-------------------
いえいえ、取り敢えず調べたまでですので、最新版も提供致しますよ。
今後とも宜しくお願い申し上げます。
http://www.izu.biz/pro-tecs/
移さして貰いました。
投稿者:
H Kunitsugu
投稿日:2005年 8月 9日(火)16時34分24秒
この掲示板でいいのでしょうか 投稿者: 八代新一 投稿日: 8月 9日(火)15時39分48秒
阿多隼人の末裔を自認する者です。国次様が大きく関心を抱いていられる「古代熱海の歴史」は
小生も追いかけているところで、この間の「真鶴港」の「(きふね)貴舟」転覆の事件も、
出雲の美保神社で執り行われ、記・紀に記される「青柴垣神事」で、元々、舟は転覆させるのが
正しい祭のありようだったと思った次第でした。
それと、全国的な「阿多の地名分布図」のことは、小生のホームページでも参考資料として
取り上げさせていただきましたが、その件お許しください。
このような国次様の「地歴関連のホーム掲示板」が別にございましたらご紹介ください。
http://www4.synapse.ne.jp/yatusiro
http://www.izu.biz/pro-tecs/
諸々・・・・・。
投稿者:
H Kunitsugu
投稿日:2005年 8月 8日(月)16時48分45秒
watanabeさん こだいファンさん こんちです(^^) 兎に角、暑いですね〜(^_^;)
大三島との直線状での結び付きは少し・・・難しい様な〜!?
初島の初木神社は蝦夷東征の折、鹿島明神へ船で渡る時、時化に遭って遭難し初島に漂着
してしまいます。暫くは初島に居ましたが、富士山手前の左側の尾根より下側海岸線
辺りにきらきらと光る地が有り、更に煙(薪又は湯の煙)の上がるのが見えた。初木姫は
初島に生えている萩の木を組んで網あげて簡便な船として向こう岸のその場所へと船出
した。渡り着くとそこは木々深い山で既にお社が建っていた。初木姫は海岸より山を登
って行くとお社傍で男性と逢ったが、この男性は伊豆山彦と名乗った。伊豆の山彦、伊都
の山彦、厳の山彦、井筒の山彦とも取れる名である? 初木姫は更に山を登ると、この世
の物では無く、嗅いだ事の無い気持ちの良い匂いを出す木の中から2人の男女の童子が
現れるが、初木姫は事を察知して乳母としてこの2人を育てる事とした。この2人が成人
し結婚して伊豆山の里人の祖となった・・・・。
多少は美化していますが、ここでの伊豆山彦は一度しか姿を現しませんし、臣鹿島の系統
である初木姫に逢い、童子の乳母となる過程にも伊豆山と鹿島の立場関係を表すかも
知れません。
http://www.izu.biz/pro-tecs/
勝浦〜大三島
投稿者:
watanabe
投稿日:2005年 8月 7日(日)22時27分19秒
こだいファン へ
説明不足でした。一直線にはならないです。熱海の海中にある方位盤で結ぶと少しL型になります。
瀬戸内海から熱海まで、主要な神社が線のまわりに点在しているので何か発見できればいいのかと思いまして。
関東、伊豆七島、静岡の神社を線で結ぶと何かの形になるのか、最近は方角が気になって
何か出てくれば面白いのですが、なかなか困難です。
初島に土曜日いきました。初木神社の初木姫が伊豆権現の始まりのようですが、九州ルートと瀬戸内海ルートの二つがあるのではないかと。やっぱり難しいです。
勝浦〜大三島
投稿者:
こだいファン
投稿日:2005年 8月 6日(土)23時56分42秒
watanabeさん、H Kunitsuguさん、瀬戸内海の大三島から勝浦までつながるのでしょうか?
最近ラッキーなことに、地図ソフトが手に入りましてぇ('v')/
色々試してみたのですけど、
大三島と伊豆の広瀬神社を結んでみますと、勝浦の北側を通りました。
(画像をアップしてみます)
ちょっと、ポイントが見つからなかったのですけど、
どこらあたりを探したらイイのか、リクエストありましたら調べてみまーす (゚J゚)ノ
watanabeさん こんち(^^)
投稿者:
H Kunitsugu
投稿日:2005年 8月 3日(水)17時14分12秒
三重のポイントは遺跡っぽい見たいですがちょっとしか見えないのが残念です!
現地に行ってじっくり見るしか無いですね!!!
>日曜日に通りかかったのですが、三島大社の鳥居は熱海を向いているみたいです、
>瀬戸内海の大三島から勝浦まで、ほぼ直線でつながるので、秘密があるのかも?と思いま>す。
三島大社の鳥居ですか? 今度見に行って見ますね(^^)
伊豆山神社と三宅島、三島明神が最初に鎮座していたのが三宅島。
房総の勝浦が大三島と直線状だとすると、伊豆七島のどの辺りを交点とするのかな?
早速、しらべてみます。
http://www.izu.biz/pro-tecs/
三重、熊野ですが、
投稿者:
watanabe
投稿日:2005年 8月 2日(火)23時31分9秒
三重のサービスの動画を見ましたのですが、ポイントはよく見ると遺跡のようです、石を切った跡がありました。解説ですと洞窟と水路のようなもののようです。
一度見に行かないと形がわかりませんが、面白そうです。
http://www.nemo-kumano.com/
ダウンロードに少々時間が掛かります。
日曜日に通りかかったのですが、三島大社の鳥居は熱海を向いているみたいです、
瀬戸内海の大三島から勝浦まで、ほぼ直線でつながるので、秘密があるのかも?と思います。
はじめまして★
投稿者:
こだいファン
投稿日:2005年 7月31日(日)19時33分36秒
阿重霞さんはじめまして!
そちらのホームページは、ダイブ前から知っておりました (゚O゚)/
とにかく古代の話がみっちり詰まっていて凄いですね〜
今は実質休会中(解散?)の
HP
ですけど、
これをσ( ^^)作る時に、そちら様のホームページを知って圧倒されたのを憶えています。
古代文字にも関心があったのですけど、
神代文字総覧
のページはよく揃っていてたいしたものだと思ってました m(^-^)m
こちら伊豆では、明確な神代文字としては、軽野神社の
十三字の神符
(画像アップ)ぐらいしか見つけていなかったのですけど、
伊豆山神社の伊豆山神社御印影も神代文字でした。(画像アップします)
こちらの手元の資料で「ほむすひのみこと」と読まして頂ました。
國次さんもおっしゃってますけど、『伊豆山神(伊豆大神)はやはり只者では有りません』!
謎は深まるばかりです。
阿重霞さんほどσ( ^^)古代には詳しくないですけど(汗
ここ伊豆にも、隠された古代の真相が埋もれているに違いないと思ってます (^J^)/
阿重霞さんはじめ「超歴史研究会」の皆様も、奥様も、
日本の超古代の真相の復活に向けて、
これからもどんどんご活躍、ご発展くださーい p(゚v゚)q
以上は、新着順61番目から80番目までの記事です。
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