「熱海の海底遺跡」歴史ロマンの掲示板
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訂正
投稿者:
わたなべ
投稿日:2005年 2月 6日(日)14時17分10秒
奇岩でなく奇石博物館でした。
日本は、大昔殆ど海なので、陸地がすくないと解説がありました。三浦半島、伊豆半島は、後からできたので何かと地震の影響があったようです。熱海の遺跡と関連するのはなかなか出てこないです。
岩戸山の写真と解説、さんきゅうです♪
投稿者:
うさぎ
投稿日:2005年 2月 6日(日)00時28分48秒
今晩は♪ 岩戸山ハイキングコースのスナップ写真、ありがとーございます♪
なるほど、伊豆山神社の絵の雰囲気とは大違いですね〜
絵ではまるで「屏風岩」の如く聳え立つ感じですものね。
〉ロープが2本見えますけどそれを握りながら登りますぅぅ。ちょっと修験者みたいな気分・・
「ロープ付き藪漕ぎ」ですね! 鬱蒼としているんですね、、。
ロープで思い出しましたが、外秩父(奥武蔵)に『伊豆が岳』という山が有りまして、
ここには鎖場が有ったような覚えがあります。。。 記憶が定かでは無いんですけど。
変わった名称の山でしょう? 國次さんから以前聞いたことが有るのですが、
海底遺跡ゾーン中のあるポイントの延長線上にこの『伊豆が岳』が有るそうです。
「カシミール3D」で追っていったら偶然この山にぶつかったとのこと。
この海中ポイント、階段やら迷路が有る場所で、海中でコンパスで確認したところ、
正確に東西南北に「通路」ができていました。 幅は・・・70cm〜1mくらい?
『伊豆が岳』のあたりは札所になっておりまして、『子の権現』という「足の神様」も
有ります。神様という言い方はおかしいかもしれませんが、、。
最後に、樹木は有るのかもしれませんが、仮に有ったとしても埋まっていて肉眼での確認はほぼ不可能に近いかと思えます。
但し、私たちも怪しい場所(笑)全てを周っているわけでは有りませんので、
未知の領域が残されている可能性も有り得ますが、、。
#以前にも書きましたが、そして『みんなの掲示板』でも話題になっておりますが、
持ち時間40分間で周れる範囲&できることなんて、残念ながら限られているのです。
水質&水温は大いに影響するかと思います。
北海道には樹木の突き出ている湖が有りますが、水温の違いもその保存原因の一つでは?と私には思えてならないのです。
熱海でも運良く?偶然??発見できるとラッキーなんですけれど、、。
そうそう、東海大の調査結果(等深線の表示)で「妙な反応」と私たちが注目した場所は
−40mを越えた陸からも既存のダイビングポイントからも離れた場所です。
つまり、船からの長距離移動を強いられる場所。あまりにもリスキーな為に、
現在のところは潜って我が目で確認をすることができません、、。
#その為だけに船をチャーターするにはちょっと・・・かと思われますし。
私にわかっているのはここまでです。 ☆國次さん、浮上してくださいませ〜〜〜
富士山裾野で
投稿者:
わたなべ
投稿日:2005年 2月 5日(土)21時33分30秒
今日は、奇岩博物館、富士山資料館に行ってきました。博物館では、奇妙な石がたくさんあって、初めての人には、面白い所です。
カンカン石は、香川県綾歌郡国分寺西山産、讃岐岩のようです。孔子がカンカン石の名手で、奈良の寺や他でも使っていたようでう。神社では使っていないのが不思議ですが、意外といいもののようです。
香川に行くと何かわかるのでしょうか、有名とは知らなかったです。
専門家の間では有名のようです。中国にもあったかも知れません?人の手ですんなり取れたようです。
資料館では、1843年、古い地図で初島の手前まで、熱海側から陸地が少し出ていたようになっていました。沈んだのはそれ以降でしょうか、
富士山の二度目の噴火で、三島まで溶岩がきた様子を解説してあります。
レス遅れ気味でぇすm(_ _)m
投稿者:
こだいファン
投稿日:2005年 2月 5日(土)19時35分36秒
>うさぎ@写真は苦手ですぅ
あっらー、でも20代が遥か昔とはとても見えません!ですよん。。。
剣岳の幻想的な眺め、イイ思い出ですね。うらやましぃ〜
岩戸山方面のハイキングでしたら、キツイのは伊豆山神社から白山神社に向かうところでしょうか。
ここには印象的な大木がありました。
>伊豆山神社宝物殿に岩戸山の絵が有りますよね、歴史的な道ということで憧れます。
この絵の感じとはズイブンちがいましたー
でも、昔は木が少なかったでしょうから、岩戸山の岩戸も良く見えたのでしょうか???
今は、岩戸の写真もなかなか撮れません。
ハイキングコースのスナップを載せてみます。
初めは、伊豆山神社から岩戸山近くまでの写真4枚。
次は、岩戸山の岩戸観音様と、それを過ぎて登るところが急坂です。
ロープが2本見えますけどそれを握りながら登りますぅぅ。ちょっと修験者みたいな気分・・・
3枚目は、岩戸山頂上です。
熱海は、海も山も面白いかもしれないですね (^-^)”
★彡
Takashimaさん、なるほど傾斜地の場合は海面上昇期間中に樹木などが流されてしまうのですね〜
言われてみれば、確かにそうだと思います。
>熱海のケースが地盤沈下で短期間で海中に没したのであれば必ず大きな木の株は残っているはずです。
もし、根っこだけではなく、幹が残っていれば!
もし幹があれば、正確な年代測定ができますから、すばらしいですね (゚O゚)/
暖かい海でも腐食をまぬがれていることを期待したいものです。
最近?の地盤沈下だけでも樹木から確認できたら、ホントにラッキーですね。
σ( ^^)気長に期待して、待っていることにしまーす (゚J゚)ノ
時代の検証に関して
投稿者:
Takashima
投稿日:2005年 2月 2日(水)01時47分27秒
富山湾の埋没林との比較ですが、最も重要な違いは地形と思います。富山湾は平坦な地形であったため長期間に渡る海面上昇の間に波打ち際にならずにすんだことが幸いし杉林が海底に残ったと考えられます。それに比較し熱海の場合は傾斜地と推察され、海面上昇期間中にかなり長い間波打ち際になったと考えられ、その期間に樹木も土砂と一緒に洗い流されてしまったと思います。富山湾はその点で大変貴重な特異なケースと思われます。富山湾の場合は水質のことも幸いしたと考えられていますが、海水に大きな差はないと思われ、地形の違いが最大の要因と思います。ちなみに数百年前に沈んだ木製の沈没船が埋没品の回収などで調査されたりしていますが、船体はかなり残っているものが多く、海水中でもかなりの長期間木は残るはずと考えられます。熱海のケースが地盤沈下で短期間で海中に没したのであれば必ず大きな木の株は残っているはずです。それは多少の泥が海底に溜まっていてもその上に突き出しているものも多数あるはずと判断されます。是非継続して調査してみてください。調査の報告をお待ちします。
うわぁ・・・写真に収まった(汗;)
投稿者:
うさぎ
投稿日:2005年 1月31日(月)21時37分30秒
こだいファンさん、今晩は♪ うさぎ@写真は苦手ですぅ、お見苦しくて、、。
私葱畑の住人ですが、登山していたのは遥か昔の20代の頃で、今は全くできないです。
剣岳は夏〜秋はお洒落かも? でも、本場シャモニのリゾートぶり?には適いませんが、
それはそれで良いのでは、と思っております(^^♪
「日本にもこんな場所が在るのか!」と、あの岩と雪の世界を前に言葉を失いました。
初めて登ったときの頂上からの幻想的な眺め(鹿島槍が岳に浮かぶ月と日本海に沈む陽)に、涙が溢れるくらいの感動を覚えたのは忘れられません。その後が地獄だったけど。
〉伊豆山から十国峠の岩戸山方面のハイキングになんどか行きましたけど、
素晴しいコースですね! 私は体力低下によりとても自信が有りませんが(本当です)、
伊豆山神社宝物殿に岩戸山の絵が有りますよね、歴史的な道ということで憧れます。
〉こちらσ( ^^)函南町は、伊豆山神社の神域だということもありますけど、
〉昔は熱海への、野菜などの行商が盛んだったようです。
そうだったのですか。函南の西瓜は食べたことが有ります。伊豆山の八百屋さんから
國次さんが買ってきてくれて、それを皆でいただきました。甘くて美味ですね♪
作業の時は、もちろん私のようなアマチュアは加わりませんです。足でまどいですぅ^_^;)
私たちが行うのは、あくまでも「下見」なんです。
國次さんが言われるには、私たちに作業は無理でも「確認」はできる、って。
「複数の目で確かめることが大事」と以前聞いたことが有ります(^_-)-☆
ぁれ;;;富山湾の海底林!
投稿者:
こだいファン
投稿日:2005年 1月31日(月)19時51分26秒
これはどどーも m(_"_)m 黒のブレザーのうさぎさんでした、失礼しましたぁ。
茂在先生とウサギさんが話しているところを写真に撮ってσ( ;^^)いたのでした /(^◇^;)
ところで、うさぎさんは葱畑!?のお暮らしなのに登山!もされるのですね〜 /(≡・ x ・≡)\
>私自身、剣岳には3回登っておりますが、夏〜秋の長次郎雪渓の景観は素晴しかった。
剣岳はお洒落なのですかぁ〜
うむー、ダイビングも、登山もとは大したものです。
こちら、体力回復?のために、伊豆山から十国峠の岩戸山方面のハイキングになんどか行きましたけど、
とーてー、かなわない亀さんみたいです (^m^)
>熱海は海のすぐ側まで山が迫り、
>平野と呼べるような部分がほとんど無く、従って米作にも適しなかった・・・
こちらσ( ^^)函南町は、伊豆山神社の神域だということもありますけど、
昔は熱海への、野菜などの行商が盛んだったようです。
それにしても「バキューム」は船をチャーターして大掛かりにやらるものだったのですか。
海では、何をするにも大変そー、体力も要りそうですし・・・(汗)
ホント、國次さんはじめみなさんの努力の積み重ねです。
みんさんガンバってくださ〜い p(゚_゚)q
れ:富山湾の海底林!
投稿者:
うさぎ
投稿日:2005年 1月30日(日)00時08分33秒
こだいファンさん、どぉーもぉー、うさぎ@発会式では黒のブレザーを着てました(^^ゞ
〉東北の地上でも色々見ているようですけど、
↑ それは、じゅんこさん@仙台・東京・伊豆山&インドネシアの住人です(^.^)
私は杜の都には行ったことも無いです。葱畑の中心で暮らしておりますし旅行しないし。
〉熱海の場合は、昔は海が煮えたぎって熱かった伝承があるくらいですから、
〉自然の条件は正反対ということろでしょうかぁ。
そうですね、「あつうみヶ崎」(現在の「大乗寺根」?)と言われていたくらいですし。
富山平野は黒部川扇状地ですが、対する熱海は海のすぐ側まで山が迫り、
平野と呼べるような部分がほとんど無く、従って米作にも適しなかった・・・
富山の場合には、ご紹介のHPにも有るとおり、立山連峰・後立山連峰を抱え、
豊富な雪解け水が黒部川に注ぐので、全く違った自然環境かと思います。
私自身、剣岳には3回登っておりますが、夏〜秋の長次郎雪渓の景観は素晴しかった。
貧乏登山者が「日本のシャモニ」と呼ぶくらいでしたから(笑) <お洒落度は違うけど
あの辺りの岩は花崗岩が多かったですね、剣沢の水は夏でも冷たかった覚えが有ります。
「バキューム」の件ですが、持ち時間40分(ダイブタイム40分)では到底ムリです。
船をチャーターして機器を備え付けて、ある程度大掛かりな作業になるのではないかと?
〉なにをするにも、なんと月日のかかることでしょう (o_ _)o
実感です・・・ 更に、海に潜ることは空気の無い高圧環境に身を曝すことですから、
陸上のようにはコトが運ばないのですが、探究心旺盛な学生・院生の方々のご協力で、
少しずつですけれど前進することでしょう(^^)v
富山湾の海底林!
投稿者:
こだいファン
投稿日:2005年 1月29日(土)17時01分43秒
こちらσ( ;^^)今年になっても余裕が無くって(汗)レス遅れ気味ですぅ m(_"_)m
うさぎさんこんばんは (^-^)”
アマチュアダイバー!?のうさぎさん、海の中を見れてよいですねー (゚J゚)ノ
東北の地上でも色々見ているようですけど、「百聞は一見にしかず」ですか・・・p(゚v゚)q
やがては、色んな物が繋がってくるのかもしれません。
僕もアチコチ見て歩きたいのですけど、ホトンド余裕がないですぅ(残念)
Takashima さんは7000〜10000年前に関心がおありなのですね。
私も、古代や超古代が好きです。
うさぎさんが教えてくれた『みんなの掲示板』拝見しました。
富山湾に海底林があるのですねー、うさぎさんにならって探してみました。
魚津埋没林および吉原海底林の古環境
http://homepage1.nifty.com/uraisan/47/4703uozu.html
スゴイですねー、うさぎさんのおっしゃる通りです。ここから引用させていただきますと、
>本来なら腐ってしまうところが、 海底からたくさんの立山連峰の冷たい湧水が噴出していたおかげで
>10000年も腐食を免れたというもので、 この種の海底林としては世界唯一のものです。
しかし、
熱海の場合は、昔は海が煮えたぎって熱かった伝承があるくらいですから、
自然の条件は正反対ということろでしょうかぁ。
うさぎさんのお話でも、熱海の海では樹木の確認は困難なようです。
やはり、専門家による海底調査や、
國次さんが進めておられる石造物の構造や工法の調査が進んでいますので、
皆さんの調査が成果を出して来るとイイですね〜
それにしても、海底とはかなり調査困難な場所とは聞いていましたけど、
それに、熱海の海底遺跡は広くて沢山ありますし〜大変ですね。
写真をみても、海底は鬱蒼としてましたけど、
うさぎさんのお話の『→機器を用いてのバキューム』にしても、潜っている短時間しかできないでしょう。
それに、
>複数の優秀なダイバー特別の装備万が一の場合のサポート体制&チャーター船が必要、
とのこと。
さらに付近の航路もムツカシイ障害になるとは(汗
なにをするにも、なんと月日のかかることでしょう (o_ _)o
みなさんがんばってくださーい。
★彡
わたなべさんの「津波での被害」も面白い視点ですね。
今度のスマトラ沖地震のニースの中で、海の中の膨大なゴミ(家具や家電など)の映像に驚きました。
なにか手がかりになると良いですね。
★彡
ところで國次さんのPCがシステムダウンだそうで。
んー、忙しいとなかなかPCまでは調査出来ないのでしょうか・・・
ともあれ、先ずは海底調査がんばってくださーい (゚O゚)/
編集済
海底林・埋没林について
投稿者:
うさぎ
投稿日:2005年 1月28日(金)11時56分29秒
こんにちは。今日〜3日間、お台場でダイビングフェスティバルですね。私は行かないけど(^^ゞ
Tkasimaさんが『みんなの掲示板』に富山湾の埋没林についてご投稿下さいましたので、
私もあちらにカキコさせていただきました。 水の良い海が羨ましいですね〜
☆くにつぐさんのPC、完全復旧は未だ・・・なのかしら?
膨大な調査・・・
投稿者:
うさぎ
投稿日:2005年 1月25日(火)23時25分48秒
こだいファンさん、今晩は。保存会発会式以来ですね〜(^_-)-☆
〉いずれにしても楽しみです〜
〉膨大な調査の積み重ねのようですので、
東海大の学生さんたちによる卒論発表や奈良大院生の方々による論文発表後でないと、
現状では詳細を公表できる段階ではないのかも知れません、、。
実際にどこまで進んでいるのか一般人(という言い方は変かも知れませんが)の私には
わかりかねますし(^^ゞ
年代についても、数通りのアプローチ法が有るでしょうし、ね。
院生・学生の方々への潜水訓練も昨年より少しずつ進んでいるそうですが、
今の時期は体を守る為にも(特に、女性には重要)ドライスーツが良いと思いますが、
ドライスーツで潜るにはそれようの練習も必要ですし、スーツのサイズも有りますから、
まぁなかなか・・・ですよね。←首周りなどの個人差も大きいです、重要なことですが。
でも、研究者・専門の学生の方々が潜って自分自身の目で確認することは何より大事かと
私も陰ながら応援しております。「百聞は一見にしかず」ですものね。
というわけで、こだいファンさんの述べられている通り、「気長に待つこと」ですね。
海底遺跡調査は、実際に潜るだけでも色々な課題をクリアーしながら安全第一で
進めないとなりません。なんといっても、研究者もダイバーも生身の人間ですから(^^♪
年代?
投稿者:
わたなべ
投稿日:2005年 1月25日(火)19時56分6秒
熱海は1633年、1782年に津波がきましたと書物に書いてあります。(伊豆小笠原弧の衝突1200円)に書いてありますが、1257年に関東南部に地震が2度来たようです、
(書物によって内容が多少違いますが)
津波での被害がわかればいいのですが、気長に調べないとわからないです。
遺跡周辺の樹木について
投稿者:
うさぎ
投稿日:2005年 1月25日(火)08時30分32秒
Takashimaさん、おはようございます。初めまして、実際に潜っているうさぎと申します。
このサイトの管理者であり遺跡調査潜水リーダーの國次さんのPCがシステムダウンによる復旧作業中の為、昨晩時点でネットへのアクセスも管理もできないそうです。
そのようなわけで、私は一介のアマチュアダイバーですが、率直な意見を述べさせていただきます。(私は作業ダイバーでも研究者でもありません、念の為・・・)
樹木の件ですが、「根」に関しては水中で見る限りにおいては、仮に有るとしても、
その存在を確認するのは現在のところ難しい、というのが私個人の感想です。
その理由は、海底にはシルトが堆積し、試し掘りしてはみたものの、物凄い煙幕で
周囲が見えなくなる程でしたから。→機器を用いてのバキュームでないと無理では?
「下部」に関してですが、淡水の湖では残っていたりしますよね。
海の場合はどうなのでしょうか? <逆の質問ですみませんm(__)m
遺跡(と思しき場所)は、すでに國次さんにより公開されている所以外にも
気になる箇所が東海大の資料によると複数有ります。
しかし、その場所は遠く且つ深いので、未だに目視確認ができません。
複数の優秀なダイバー特別の装備万が一の場合のサポート体制&チャーター船が必要、
と私には思えます。
最低、チャーター船は必要ですが、付近には航路も有りますからそういう場所に泊めるのはマズイでしょうし、時間の有効活用をしつつ安全に調査を進めるのは難しい課題です。
#いずれそれも解決するときが来ることを、私は願っております。
Takasimaさん、國次さんのPCが復旧すれば的確なレスが付くかと思います。
昨晩時点では「メールの受信はできるがネットへのアクセスが駄目」とのことでした。
もうしばらくお待ちくださいませ。
編集済
時代の検証方法に関して
投稿者:
Takashima
投稿日:2005年 1月25日(火)01時55分36秒
当方の投稿に関しての返信ありがとうございます。時代の検証方法に関してですが、もし
比較的新しい時代(数百年前?)に地盤沈下により海中に没した場合は当然遺跡周辺の樹木も一緒に海中に没するはずです。その中には大きな木も当然あると推測され、数百年の年月であればその下部と根は残っているはずです。遺跡周辺にそのようなものは見られるのでしょうか?もし見られない場合はやはり7000〜10000年前に没したと判断するべきと考えます。
今年もがんばってくださーい
投稿者:
こだいファン
投稿日:2005年 1月23日(日)20時14分55秒
國次さん、真冬の調査ご苦労さまでーす。
階段岩の確認おめでとうございます(゚J゚)ノ
それにしても、、、ブルブル(((*へ*;)))) 、、、考えただけでサブーなりなしたぁ。
ところでTakashimaさんの、「海水面が現在より40〜50m低かった時代」の検討ですけど、
熱海では多大の地盤沈下が特徴ですので、標高による判定はムツカシイのではないでしょうか。
でも、この時代の石造物の資料があれば自然と分かって来ることでしょう。
國次さんのお話では、それぞれの石造物の工法を調べておられますので、構築された時代が判定できるようです。
これが一番確で、説得力があるかと思います。
もし、時代の判定が出来ない構造物が出てくれば、
その時はさらに過去にさかのぼれる可能性も出てくるのでしょう。
いずれにしても楽しみです〜
膨大な調査の積み重ねのようですので、
Takashimaさんも気長に待っていてくださ〜い(^-^)”
海底遺跡に関して
投稿者:
Takashima
投稿日:2005年 1月22日(土)02時15分23秒
遺跡の写真や引き上げた物を拝見して海水面が現在より40〜50m低かった時代の遺跡である可能性を検討するべきと思います。(7000〜10000年前)
明けまして御目出度御座います。
投稿者:
H.Kunitsugu
投稿日:2005年 1月22日(土)01時03分46秒
大変遅れた挨拶で恐縮ですが〜^_^;
さて、本年も10日に石本氏と潜り、ソーダイ根深根の階段岩は正式に階段と判断致しました。
階段の登り際の裾が広がっており、石を配列した跡が有りました。
今年は有難う御座いました。
投稿者:
H.Kunitsugu
投稿日:2004年12月31日(金)23時35分10秒
正式発会も無事終わり、来年は飛躍の年となります様に頑張ります。
皆さんに2005年も良い年で有ります様、お祈りしております。
で、初詣は伊豆山神社へ行って参ります。
観音崎の鴨居港は、
投稿者:
watanabe
投稿日:2004年12月31日(金)18時23分25秒
三浦一族繁栄の時の湊のようです。かもめ団地から、観音崎のホテルのあたりまで使っていたようです。写真は鴨居港付近を撮りました。買い物の帰りに気になって今日見てみました。埋め立てなどで地形が多少変わっています。
八幡神社を1180年にたてたそうです。鶴岡八幡宮の分社のようです。
観音崎の湊が水面下にありましたので、半島側は関東大震災で沈下したのかも知れません。城ヶ島、大磯は1m隆起したと国立博物館のホームページにありました。
旧日本軍が陸地を使っていたので、鴨居港も使った可能性はありますが。
来年写真を整理して送ります。
みなさんがんばってくださーい(゚v゚)
投稿者:
こだいファン
投稿日:2004年12月15日(水)19時33分50秒
塩土老翁・・・つい、シオジーと読んでしまいそうです (^^ゞ
ここ数年は、分からないことがあるとすぐにインターネットで検索するようになりました。
「林子平 海国兵団」で調べてみましたら・・・
江戸時代なのに、航海や武力の話が奇妙に一致していたのが不思議でしたぁ。
>展示されていたのは塩つくりの神事のビデオなどばかりでした。
そうでしょうね。普通、そんなところではないでしょうか。
あるとき、フッと繋がって来るときがありますので、これが楽しみです〜 σ( ^^)
ところで、まだよくわかりませんけど、仙台は古代の重要地点だったのかもしれません、、、
気になってきました (゚u゚)/
>小松左京氏及び研究グループの方々総勢10名に熱海の海底遺跡のお話をして参りました。
小松左京ですか〜昔はSFが好きで、さよならジュピターなども読んでました。
カナリの博識のある作家のようです。
熱海の海底遺跡が色んな方面に知られるのがイイですね。
茂在先生も益々活躍されますように (^-^)”
以上は、新着順161番目から180番目までの記事です。
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