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伊豆国

 投稿者:Hidenori Kunitsuguメール  投稿日:2007年11月18日(日)15時06分58秒
  通報 編集済
  watanabeさん こんにちは~(^^ゞ

メールの返信をするのですが、戻って来てしまいます(苦笑)
セキュリティーが厳しいせいなのでしょうね~・・・困ったものです。

メールで返信しようとした内容を此方に記載します。

港では無く船の名前ですね! 枯野若しくは軽野と言います。
この船の特徴は船足の速い事なのですが、どの様な船とも書かれていません。

又、この船は応神天皇に納めたとしていますので、現在の福岡辺りまで運んだと
思われますが、この船の最後は老朽化したので、船材を燃やして塩を500籠作り、
おもたる豪族に分け与えたとしています。豪族はこの返礼に船を1艘差し出したと
されていますが、この船は中・大型の船で全部で500艘になったとされます。

また、難波津の港に置いてあった時に船火事が起きて燃やしてしまったそうで、
この時、たまたま来ていた新羅の王が、新羅から船大工を連れて来て、船を作った
とされます。これが日本で船を大量に作った事とされるのですが、この船は北前船
の形をした隔壁型の形で船足は今一でした。

この伊豆國で作ったとされる軽野又は枯野と言う船は竜骨型の船と思われ、崑崙船
型とも言われます。しかし、この30mの長さの船を何処で作ったかが疑問であり、誰が
作ったかも疑問とされています。

30mの船を作る為には長さ40m、高さ3m以上の櫓が必要ですが、船大工は一子相伝
や一族相伝ですし、船を作る為には鉄製の船釘、大工道具が要りますので、鍛冶屋と
鉄の精錬・製鉄師、更に砂鉄が必要となります。この当時と言うより何百年・何千年と
技術伝承は簡単では有りません。ましてや、船を作る技術と鉄の精錬の技術は普通
では手に入りません。戦術的意味合いから、この技術を保有していたのは王又は大王
クラス、相当な豪族的権力者と思われます。伊豆國の王・豪族って誰?

この274年に伊豆國の名前が出て来るのですが、それ以降暫くは出て来ません。
大化改新 645年伊豆國は駿河國に統合されて伊豆國は消滅。それから36年後に
伊豆國を再建國する。この時の新國府は三島。では、以前の伊豆國國府は何処?
と疑問が出て来ますが、以前の國府が阿多美(熱海)と思っています。

阿多美湊には大灯台、大桟橋長さ60mが2~3基、造船所、修理用ドック等が有って、
護岸工事などの石積み技術は素晴らしいものが有ります。

伊豆国奇譚に詳しく書いて有ります(^^ゞ

http://protecs.web.infoseek.co.jp/izunokuni_kitan.htm

 
 
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