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善光寺の近く

 投稿者:WATANABE  投稿日:2015年 9月20日(日)00時05分17秒
  頼朝公の建てたお寺と熊野神社他 古いお寺がありました
栃木にかけて考えてみれば、熊野信仰と山岳信仰 何かの信仰がブラスあったような感じです と個人的な考えです おもしろいです
 
 

日光に行ってきました

 投稿者:WATANABE  投稿日:2013年12月12日(木)13時27分20秒
  中尊寺の四天王寺は 頼朝公奉納品です 場所が修行の場にふさわしく あまり知られていない滝が山奥にあります 観光客はあまりこないところにある滝です  

ご無沙汰してます(*^_^*)

 投稿者:H.Kunitsugu  投稿日:2013年 2月22日(金)12時22分32秒
  watanabeさん こんにちは

掲示板に気が付かず申し訳ありません。

元気に頑張ってますね~!
神社や遺跡の情報を有難うございます。

宮城県の仙台周辺も伊豆山神社ゆかりの伊豆神社や志波姫神社等があって興味深い処です。
旅先での色々な情報を教えて下さいね~!
 

お久しぶりです。

 投稿者:watanabe  投稿日:2013年 2月10日(日)19時17分52秒
  ご無沙汰しています。小田原セミナーにも行けず、潜れず、復帰までリハビリ中です。

遺跡の調査ですが、仙台の気仙沼の先の大島に神社がありまして、岩がご神体で、古い神社です。火災にも合わず。健在です。仙台には、三島神社が南三陸の港の近くの海岸の山にあります。被害はほぼなかったのは、山のみでした。仙台付近に昔の古い神社が多数あります。この辺に何かヒントがあるような気がしますが、熱海関係の文字がないのが、残念です。被災後、10か月ぐらいから3回ボランティアのついでに写真は、ある程度とってあります。ご神体の岩は、撮影不可でした。
次の機会に行ってみます。
 

ホームページ引っ越しました。

 投稿者:Hidenori Kunitsugu  投稿日:2013年 1月29日(火)14時26分21秒
  メインのホームページを引っ越し致しました(^_^;)

新しいホームページは
http://protecs.waterblue.ws

です。

http://protecs.waterblue.ws/

 

九曜紋について!?

 投稿者:H.Kunitsugu  投稿日:2013年 1月 4日(金)13時04分9秒
編集済
  H.Oomori 様

書き込みを削除したのでしょうか?

さて、九曜紋のお尋ねの件ですが・・・。この、九曜紋は色々な所で使用されていますが、2系統の出自が有るようです。

1つは仏教渡来を起源とするもの、もう一つは海人族の守り神・崇拝神的な位置づけです。ただし、元はインドに古来より伝わる星神信仰(船乗りとヒンズー教)が元となるものですが、北斗七星と北極星、北斗七星と月、及び月と太陽の白道と黄道での日食・月食から来ています。

太陽と月の白道と黄道は日食・月食を現わしているのですが、日食は古来より不吉とされた為に宗教的な意味あいが強いのですが、船乗り達から見れば潮見や航海の羅針盤的意味を持っているのです。
つまり、元を正せば、海人族の羅針盤的要素が強いのです。インド洋での大航海時代は紀元前10世紀以前に始まったとされ、インドの南端部のタミル人たちは大西洋や太平洋へと航海をしたとされるのです。

さて、日本に於ける寺社紋や氏族紋としての九曜紋は崇拝紋や縁起紋、厄除け・守護紋、戦紋として取り入れられていった経緯があるのですが、神仏でも最上な位置に着く神、或いは仏教の最上位を当てる筈なのです。

現在、私が主に調べているのが伊豆権現・走湯権現(伊豆社、伊豆御社、走湯社とも呼ぶ)、現伊豆山神社なのですが、ここは、旧伊豆国の総社国府であった筈で、当時の国府は阿多美或いは伊豆山と思われます。

大化の改新(乙巳の変)により、蘇我氏・賀茂氏の権力がそがれてしまうのですが、それまでの旧伊豆国は日本の中央に位置した交易・通商の重要拠点であったとされるのです。当然として旧伊豆国は海人族の国家で、絶大な力が有るのですが、船乗り達が主人公なのです。当然として、北斗七星と北極星は羅針盤の代わりをしており、月を見て潮の上げ下げ、太陽の上る位置や沈む位置で季節と風を知る事が出来たのです。

熱海の海底には鎌倉中期以前の港湾都市が沈んでいます。

伊豆山神社(伊豆社、伊豆御社、走湯社)の神紋は古来より九曜紋なのですが、その由来や神仏さえ長い間伏せられて来た寺社なのです。

面白い話があるのですが、富士山神、箱根神は共に伊豆大神とされていた時代も古代にはあったのです。実は伏せられていてはっきりとしない神様なのですが、瀬織津姫や伊都能売神を当てる末社の神社が存在していますし、素盞嗚命も関係しているとされているのです。

空海が当時の皇室の依頼で伊豆山の神封じをした事も記録としてあるのですが、天台宗の最澄は日吉大社に丁寧にお祀りし、空海もまた高野山に於いて丁寧に祀ったと言われています。この伊豆山(伊豆)神社の末社は近畿周辺にもあるのですが、現在判っているだけで全国に150社ほど確認されていますが、それぞれに神様が違う事も意味があるようです。特に地方社(遠方)に於いて瀬織津姫や伊都能売神を祀っているのも不思議です。また、伊豆山本社一社に於いて、正一位の神様が二人、正一品が一人、祀られているのも異常な事で、相当古くから天皇家が恐れていた事が伺えるのです。

話がそれてしまいましたが、九曜の紋は神仏紋としての守護・戦紋(坂上田村麻呂、義家、細川、千葉、頼朝、後北条、伊達正宗、家康が崇拝)で内容の真意と意味を知った者たちがこぞって使ったと言えるでしょう。

最後に、九曜紋に詳しいと言うと家紋研究家の播磨屋 田中様が詳しいと思います。

http://www.harimaya.com/o_kamon1/seisi/

 

明けまして御目出とう御座います(*^。^*)

 投稿者:H Kunitsugu  投稿日:2011年 1月 7日(金)03時54分34秒
  昨年は色々と問題もあって動く事がかないませんでした!!

2011年は新しい物を見つけに潜りたいと思っております。

watanabeさん 今年も宜しくお願い致します(^^ゞ
 

鯛の浦

 投稿者:watanabe  投稿日:2009年 6月24日(水)20時59分39秒
  久しぶりです。
先日、鯛の浦に初めって行ってきました。タイのなぞがわかった見たいです。
鯛の浦は、港というより、何かの関所のところのような場所かもしれません。そんな感じがしました。
熱海と似ているところもありましたが、秘密です。
メールが届いていないようでしたら、別メールで送ります。
 

河童か人形 ???

 投稿者:PROTECS JAPAN  投稿日:2009年 5月 8日(金)18時31分28秒
  匿名希望さん こんにちは

情報があったらこの掲示板へ報告致します(^^ゞ
何なのでしょうね~!
 

熱海の2大不思議

 投稿者:匿名希望  投稿日:2009年 5月 7日(木)18時07分34秒
  熱海の海底遺跡と並んで今話題になってるのは、熱海市所有の島、「初島」で噂される不思議です。
初島には大きなセムシ男が夜な夜な海から現れると囁かれています。
TV局の方、河童や人魚かもしれないので、調べてみてください。
 

打瀬船の復元

 投稿者:watanabe  投稿日:2008年 6月10日(火)19時28分19秒
  千葉で打瀬船の復元をするそうです。船のできるところを見てみようと思っています。
千葉の猿田彦神社に関係があるとか?何か発見でもあればいいのですが。
 

荒崎ですが

 投稿者:watanabe  投稿日:2008年 4月29日(火)20時25分58秒
  久しぶりです.シュノーケリングで海底探索に行ってきました。
ビーチエントリーから水路らしきところをみたら、石(形がバラバラですが)がしいてあり,その先は,沖に向かって削ってあるリます.透明度が午前中良かったので見れました。
近くの水路も通路のようになっており、石が敷いてあります。
現在の岩場が沈んだ模様です。海草で岩の形まではわかりませんので、
海草が取れたら確認します。写真が撮りにくいので、
 

伊豆国

 投稿者:watanabe  投稿日:2007年11月18日(日)18時45分28秒
  ありがとうございます。また探しにいってきます。
もちろん海の中も。また熱海にも行きます。
 

伊豆国

 投稿者:Hidenori Kunitsuguメール  投稿日:2007年11月18日(日)15時06分58秒
編集済
  watanabeさん こんにちは~(^^ゞ

メールの返信をするのですが、戻って来てしまいます(苦笑)
セキュリティーが厳しいせいなのでしょうね~・・・困ったものです。

メールで返信しようとした内容を此方に記載します。

港では無く船の名前ですね! 枯野若しくは軽野と言います。
この船の特徴は船足の速い事なのですが、どの様な船とも書かれていません。

又、この船は応神天皇に納めたとしていますので、現在の福岡辺りまで運んだと
思われますが、この船の最後は老朽化したので、船材を燃やして塩を500籠作り、
おもたる豪族に分け与えたとしています。豪族はこの返礼に船を1艘差し出したと
されていますが、この船は中・大型の船で全部で500艘になったとされます。

また、難波津の港に置いてあった時に船火事が起きて燃やしてしまったそうで、
この時、たまたま来ていた新羅の王が、新羅から船大工を連れて来て、船を作った
とされます。これが日本で船を大量に作った事とされるのですが、この船は北前船
の形をした隔壁型の形で船足は今一でした。

この伊豆國で作ったとされる軽野又は枯野と言う船は竜骨型の船と思われ、崑崙船
型とも言われます。しかし、この30mの長さの船を何処で作ったかが疑問であり、誰が
作ったかも疑問とされています。

30mの船を作る為には長さ40m、高さ3m以上の櫓が必要ですが、船大工は一子相伝
や一族相伝ですし、船を作る為には鉄製の船釘、大工道具が要りますので、鍛冶屋と
鉄の精錬・製鉄師、更に砂鉄が必要となります。この当時と言うより何百年・何千年と
技術伝承は簡単では有りません。ましてや、船を作る技術と鉄の精錬の技術は普通
では手に入りません。戦術的意味合いから、この技術を保有していたのは王又は大王
クラス、相当な豪族的権力者と思われます。伊豆國の王・豪族って誰?

この274年に伊豆國の名前が出て来るのですが、それ以降暫くは出て来ません。
大化改新 645年伊豆國は駿河國に統合されて伊豆國は消滅。それから36年後に
伊豆國を再建國する。この時の新國府は三島。では、以前の伊豆國國府は何処?
と疑問が出て来ますが、以前の國府が阿多美(熱海)と思っています。

阿多美湊には大灯台、大桟橋長さ60mが2~3基、造船所、修理用ドック等が有って、
護岸工事などの石積み技術は素晴らしいものが有ります。

伊豆国奇譚に詳しく書いて有ります(^^ゞ

http://protecs.web.infoseek.co.jp/izunokuni_kitan.htm

 

伊豆国

 投稿者:watanabe  投稿日:2007年11月17日(土)22時07分34秒
  伊豆国の船の歴史を見つけてきました、メールで送りました。
ひょっとして、今のところ一番古いかも?不思議です。
 

返事が遅れました(^^ゞ

 投稿者:PROTECS JAPANメール  投稿日:2007年10月16日(火)19時16分28秒
  watanabeさん お疲れ様です。

蓼科神社との事、有難う御座います。
最近の神社調査関係は伊豆神社=走湯(井)神社=箱根駒形神=富士山神が同一神と言うスケールの大きい事を調べています。
この件は、伊豆國奇譚にて述べていますので読んで頂ければ判るかも!
ただし、内容は承諾引用したものですけどね(^_^;)
で、今日ですが、富士信仰研究(富士信仰研究会)と言う本が7冊届きました!
 

訂正

 投稿者:watanabe  投稿日:2007年10月15日(月)21時10分50秒
  蓼科神社でした。898年陽成天皇の時代でした。  

久しぶりです。

 投稿者:watanabe  投稿日:2007年10月14日(日)13時38分40秒
  山梨県のナシナ神社に行ってきました。後ほど写真はおくります。
古くからある神社でした。
 

大山

 投稿者:H.Kunitsuguメール  投稿日:2007年 4月 1日(日)01時58分58秒
  watanabeさん ご苦労様です。

海に山に足を運んでの探索では頭が下がります。
伊豆を目指す為には富士山と遠笠山(天城山系)、伊豆山は岩戸山(松岳)、相模は大山です。昔から航海の為の山立の山として信仰も篤かったものと思われます。航海の山立ての山は修験信仰の山としても有名な所が多い見たいですね(*^_^*) 大山の写真、有難う御座います。
 

大山

 投稿者:watanabe  投稿日:2007年 3月31日(土)23時11分40秒
  山登りに行ってきました。
送信漏れかもしれませんが、
大山ロープーウエイ入り口に、イザナミ、イザナギノ命の剣の先(ミハカセ)から出てきたイワサクノカミ、ネサクノカミ、イワツツイオノカミが祭られています。(根之元神社)
さほど大きいものではないです。
熱海からちょっと離れています。人が登れる山は、何かあるようです。
 

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