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鯛の浦

 投稿者:watanabe  投稿日:2009年 6月24日(水)20時59分39秒
  久しぶりです。
先日、鯛の浦に初めって行ってきました。タイのなぞがわかった見たいです。
鯛の浦は、港というより、何かの関所のところのような場所かもしれません。そんな感じがしました。
熱海と似ているところもありましたが、秘密です。
メールが届いていないようでしたら、別メールで送ります。
 

河童か人形 ???

 投稿者:PROTECS JAPAN  投稿日:2009年 5月 8日(金)18時31分28秒
  匿名希望さん こんにちは

情報があったらこの掲示板へ報告致します(^^ゞ
何なのでしょうね〜!
 

熱海の2大不思議

 投稿者:匿名希望  投稿日:2009年 5月 7日(木)18時07分34秒
  熱海の海底遺跡と並んで今話題になってるのは、熱海市所有の島、「初島」で噂される不思議です。
初島には大きなセムシ男が夜な夜な海から現れると囁かれています。
TV局の方、河童や人魚かもしれないので、調べてみてください。
 

打瀬船の復元

 投稿者:watanabe  投稿日:2008年 6月10日(火)19時28分19秒
  千葉で打瀬船の復元をするそうです。船のできるところを見てみようと思っています。
千葉の猿田彦神社に関係があるとか?何か発見でもあればいいのですが。
 

荒崎ですが

 投稿者:watanabe  投稿日:2008年 4月29日(火)20時25分58秒
  久しぶりです.シュノーケリングで海底探索に行ってきました。
ビーチエントリーから水路らしきところをみたら、石(形がバラバラですが)がしいてあり,その先は,沖に向かって削ってあるリます.透明度が午前中良かったので見れました。
近くの水路も通路のようになっており、石が敷いてあります。
現在の岩場が沈んだ模様です。海草で岩の形まではわかりませんので、
海草が取れたら確認します。写真が撮りにくいので、
 

伊豆国

 投稿者:watanabe  投稿日:2007年11月18日(日)18時45分28秒
  ありがとうございます。また探しにいってきます。
もちろん海の中も。また熱海にも行きます。
 

伊豆国

 投稿者:Hidenori Kunitsugu  投稿日:2007年11月18日(日)15時06分58秒
編集済
  watanabeさん こんにちは〜(^^ゞ

メールの返信をするのですが、戻って来てしまいます(苦笑)
セキュリティーが厳しいせいなのでしょうね〜・・・困ったものです。

メールで返信しようとした内容を此方に記載します。

港では無く船の名前ですね! 枯野若しくは軽野と言います。
この船の特徴は船足の速い事なのですが、どの様な船とも書かれていません。

又、この船は応神天皇に納めたとしていますので、現在の福岡辺りまで運んだと
思われますが、この船の最後は老朽化したので、船材を燃やして塩を500籠作り、
おもたる豪族に分け与えたとしています。豪族はこの返礼に船を1艘差し出したと
されていますが、この船は中・大型の船で全部で500艘になったとされます。

また、難波津の港に置いてあった時に船火事が起きて燃やしてしまったそうで、
この時、たまたま来ていた新羅の王が、新羅から船大工を連れて来て、船を作った
とされます。これが日本で船を大量に作った事とされるのですが、この船は北前船
の形をした隔壁型の形で船足は今一でした。

この伊豆國で作ったとされる軽野又は枯野と言う船は竜骨型の船と思われ、崑崙船
型とも言われます。しかし、この30mの長さの船を何処で作ったかが疑問であり、誰が
作ったかも疑問とされています。

30mの船を作る為には長さ40m、高さ3m以上の櫓が必要ですが、船大工は一子相伝
や一族相伝ですし、船を作る為には鉄製の船釘、大工道具が要りますので、鍛冶屋と
鉄の精錬・製鉄師、更に砂鉄が必要となります。この当時と言うより何百年・何千年と
技術伝承は簡単では有りません。ましてや、船を作る技術と鉄の精錬の技術は普通
では手に入りません。戦術的意味合いから、この技術を保有していたのは王又は大王
クラス、相当な豪族的権力者と思われます。伊豆國の王・豪族って誰?

この274年に伊豆國の名前が出て来るのですが、それ以降暫くは出て来ません。
大化改新 645年伊豆國は駿河國に統合されて伊豆國は消滅。それから36年後に
伊豆國を再建國する。この時の新國府は三島。では、以前の伊豆國國府は何処?
と疑問が出て来ますが、以前の國府が阿多美(熱海)と思っています。

阿多美湊には大灯台、大桟橋長さ60mが2〜3基、造船所、修理用ドック等が有って、
護岸工事などの石積み技術は素晴らしいものが有ります。

伊豆国奇譚に詳しく書いて有ります(^^ゞ

http://protecs.web.infoseek.co.jp/izunokuni_kitan.htm

 

伊豆国

 投稿者:watanabe  投稿日:2007年11月17日(土)22時07分34秒
  伊豆国の船の歴史を見つけてきました、メールで送りました。
ひょっとして、今のところ一番古いかも?不思議です。
 

返事が遅れました(^^ゞ

 投稿者:PROTECS JAPAN  投稿日:2007年10月16日(火)19時16分28秒
  watanabeさん お疲れ様です。

蓼科神社との事、有難う御座います。
最近の神社調査関係は伊豆神社=走湯(井)神社=箱根駒形神=富士山神が同一神と言うスケールの大きい事を調べています。
この件は、伊豆國奇譚にて述べていますので読んで頂ければ判るかも!
ただし、内容は承諾引用したものですけどね(^_^;)
で、今日ですが、富士信仰研究(富士信仰研究会)と言う本が7冊届きました!
 

訂正

 投稿者:watanabe  投稿日:2007年10月15日(月)21時10分50秒
  蓼科神社でした。898年陽成天皇の時代でした。  

久しぶりです。

 投稿者:watanabe  投稿日:2007年10月14日(日)13時38分40秒
山梨県のナシナ神社に行ってきました。後ほど写真はおくります。
古くからある神社でした。
 

大山

 投稿者:H.Kunitsugu  投稿日:2007年 4月 1日(日)01時58分58秒
  watanabeさん ご苦労様です。

海に山に足を運んでの探索では頭が下がります。
伊豆を目指す為には富士山と遠笠山(天城山系)、伊豆山は岩戸山(松岳)、相模は大山です。昔から航海の為の山立の山として信仰も篤かったものと思われます。航海の山立ての山は修験信仰の山としても有名な所が多い見たいですね(*^_^*) 大山の写真、有難う御座います。
 

大山

 投稿者:watanabe  投稿日:2007年 3月31日(土)23時11分40秒
  山登りに行ってきました。
送信漏れかもしれませんが、
大山ロープーウエイ入り口に、イザナミ、イザナギノ命の剣の先(ミハカセ)から出てきたイワサクノカミ、ネサクノカミ、イワツツイオノカミが祭られています。(根之元神社)
さほど大きいものではないです。
熱海からちょっと離れています。人が登れる山は、何かあるようです。
 

 投稿者:watanabe  投稿日:2006年10月22日(日)19時31分52秒
  個人で島の本を買うのは勇気がいりますので、買えませんが。地元で島のビデオを見たら
歴史がたくさんあるようです。小さい島ですが奥が深いです。
島の教育委員会が作るとは、本格的ですね。
 

御蔵島の歴史本

 投稿者:H.Kunitsugu  投稿日:2006年10月22日(日)10時01分15秒
  渡辺さん ご無沙汰してます。

伊豆七島や伊豆周辺を精力的に潜っていますので期待していますよ!
御蔵島の歴史本ですか!? 了解です。
早速手配致します。実は、熱海にも御蔵島出身の方が居るのです(^^)

熱海と伊豆山の歴史的考証は文献や個人情報に惑わされますので、
発掘が早いですね〜(^^ゞ 今、準備中です。
 

 投稿者:watanabe  投稿日:2006年10月19日(木)21時52分36秒
  お久しぶりです。諸事情により潜りにいけませんが。
御蔵島の歴史の本がでるそうです。一般には販売しないそうですが、ほしい人は買えるようです。
島一つ分で1400ページもあるので、読むのに苦労すると思いますが、資料がたくさんあるようです。
みくらじま観光案内所の掲示板にでています。
 

歴史認識として・・・

 投稿者:H.Kunitsugu  投稿日:2006年10月18日(水)16時28分27秒
  伊豆山神社及び走湯山の歴史関係は暫く置いておく事と致しました。

歴史資料等が少ない為、古墳時代以前と平安期・鎌倉期以降の時代の
幅が広く、歴史認識をしようとすると曖昧になるからです。
今後は、遺構の発掘による年代及び遺物の創作年代により解明をし
て行きます。

ただし、阿多美と伊豆山に於ける歴史認識解明は國次個人として
調べて参ります。興味有る方は國次に直接お尋ね下さい。
 

「日が峰と走湯山」のページ拝見

 投稿者:八代新一  投稿日:2006年 6月23日(金)11時34分48秒
  投稿日: 6月20日(火)18時33分34秒


ご無沙汰しています。
柳田国男に、「伊豆の古奈の阿田山」と言うのがあって探っていましたら、國次さんの「新しい頁」にぶつかりました。
すばらしい馬力ですね。インターネットに取り組んだ当初感じた、地域史や民俗研究の場にあって、司馬遼太郎が述べた「実証性というレフェリーやリンク」の見本を見る思いがします。
私も「記紀神話に記される生まれ里」の真相に迫れるよう、孫との初詣で、誇りを持って「地元の古い話」ができるよう、阿多の探索を続けます。
新たな元気をもらいました。ご活躍を、参考にさせて頂きたいと存じます。

http://www4.synapse.ne.jp/yatusiro

 

熊野神社のようです。

 投稿者:watanabe  投稿日:2006年 5月11日(木)20時00分48秒
  今日は諸事情により沖縄からです。沖縄にも熊野権現がありました。
波上宮、立派な神社です。近代的になっていました。
http://www.ne.jp/asahi/pasar/tokek/TG/SBRJ/S/JF/Naminoue.html
 

ひさしぶりです。

 投稿者:watanabe  投稿日:2006年 5月 5日(金)16時28分17秒
  東伊豆の某沖あいに、階段の通路のような造りの構造物がありました。
石積みの段々があり、中側に通路のようなスペースがありました。
溶岩、節理の岩などと比べると整然としています。
濁りと流れで写真は撮れませんでした。
上級者向きの場所です。
 

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